21世紀に入って、急に列車種別が増えている小田急ですが、実は長い歴史をひもとくと、結構いろいろな種別が生まれては消えたようです。たとえば、「快速準急」という急行と準急の中間のような列車、準急よりも下の「桜準急」、一時期は「通勤準急」も「通勤急行」もありました。停車駅も、今とはだいぶ違います。どうぞごらんください
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小田急 種別・停車駅の変遷
21世紀に入って、急に列車種別が増えている小田急ですが、実は長い歴史をひもとくと、結構いろいろな種別が生まれては消えたようです。たとえば、「快速準急」という急行と準急の中間のような列車、準急よりも下の「桜準急」、一時期は「通勤準急」も「通勤急行」もありました。停車駅も、今とはだいぶ違います。どうぞごらんください
●ここをクリック!(別ウィンドウで開きます) 小田急 昔のダイヤから時刻表作ってみた
昔のダイヤグラムから、平日日中の一部分を抜き出して時刻表形式にしてみました。※注意…実際のダイヤグラムを、ずぶの素人が読んで起こしたものなので、1分程度の誤差がたくさんあると思ってください。
ダイヤグラムに書き込まれていた車両形式のデータを盛り込んだものもアップしました。 ●1927年(昭和2年)4月1日開業時 7:50〜2時間(別ウィンドウで開きます) △開業時のダイヤです。見て分かるとおりとてもシンプル。稲田登戸(現・向ヶ丘遊園)から先は一部をのぞいて単線でした ●1951年(昭和26年)10月5日改正(?) 9:20〜2時間10分(別ウィンドウで開きます) △終戦から6年後のダイヤ。進駐軍専用列車も走っています。少ない車両でやりくりしていた時代です。箱根湯本との直通がこの1年前に始まりました。※95年に発売された箱根湯本乗り入れ45周年記念切符についていた「当時のダイヤ」をおこしたもので、これまで1950.8.1改正と書いてきましたが、検証の結果、1951.10.5改正ダイヤである可能性が高いため訂正しました。 ●1960年(昭和35年)10月1日改正 10:40〜1時間10分【車両形式つき】(別ウィンドウで開きます) △車両形式を付け加えて時刻表化。当時は最大でも4両編成。1800形による2両の準急があったりします。SE車が登場したばかりのころです。 ●1961年(昭和36年)10月5日改正 10:40〜1時間(別ウィンドウで開きます) △急行と準急がどちらも毎時2本。にもかかわらず向ヶ丘遊園以東は、各停が毎時10本走っていました。準急は成城から各停に。多摩川以西の住宅開発が本格化するのは、このすぐあと。 [更新]●1973年(昭和48年)夏ダイヤ 7月1日〜8月26日(休日) 9:00〜2時間30分【車両形式つき】(別ウィンドウで開きます) △昭和30〜40年代は毎夏、江ノ島の海水浴客輸送のため、7〜8月のみ特別ダイヤを組んでいました。ここに掲載したのは、40年代後半で夏ダイヤとしては「末期」のものですが、それでも朝9〜10時台は各停や準急を減らして、江ノ島線急行を増発しています。近郊各停用の2600形が、急行として大活躍しています。 ●1986年(昭和61年)3月24日改正 10:55〜1時間20分【車両形式つき】(別ウィンドウで開きます) △車両形式を付け加えて時刻表化しました。1986年当時は、8000形が登場したばかり。一方、2400形は最終盤で、すでに廃車も出て、その機器を流用して4000形の新性能化工事が進められていました。新宿方に5両の各停がかろうじて残っています。 (2004.12ダイヤ)「新宿→狛江市内」スーパー乗り換え時刻表
複々線区間延長となった2004年12月改正の現行ダイヤ。狛江市内3駅(喜多見、狛江、和泉多摩川)の利用者のために、「たく」さんが、平日夕方18時から終電まで、新宿から「帰宅方向」の乗り継ぎ案内表を作ってくださいました。接続のいい列車、悪い列車、いろいろあります。中には、成城で6分も待ち時間のあるケースも。よく使う時間について、確認されてはいかがでしょうか。
○夕方 新宿→狛江市内 ●ここをクリック!(別ウィンドウで開きます) |