坪口昌恭 PROJECT

<活動終了>

'98/11/30 SINPI

<坪口昌恭PROJECT "Last Live" at 新宿PIT INN '98/11/30>

坪口昌恭(Masayasu Tzboguchi) Keyboards、Composition
菊地成孔(Naruyoshi Kikuchi) Soprano,Tenor Sax
水谷浩章(Hiroaki Mizutani) el. & ac.Bass
外山 明(Akira Sotoyama) Drums


<バンドプロフィール>

全ライブ活動歴

 「坪口昌恭PROJECT」は、正義の宇宙人(!)坪口が作曲するプログレッシブで情感あふれる楽曲を、確実でパワフルな演奏テクニックとアフリカに通じる柔軟なリズム感によって展開される、ジャズ・フュージョン・バンドである。
 それまでの宮腰浩基(sp.&alt.Sax)、池長一美(Drums)とのトリオ「SAKLA」での活動に終止符が打たれた1989年春、すでにティポグラフィカのメンバーであった菊地成孔氏(sp.&tn.Sax)と出会い「坪口昌恭HAHA BAND」結成。HAHAとはHalf American & Half Asianの略で、アメリカのジャズのイディオムを用いながらもアジア人としてのフィーリングを生かして('80年代的だなあ・・)、という思いを込めたコンセプトでスタートした。当初からほとんどオリジナル曲で、美しくもフリー、パーカッションとヴォイス・プレーヤーがいてドラムレスであることが特徴であった。
 このバンドで新宿「はいから亭」、'90年5月より「新宿PIT INN」平日朝の部→土日朝の部2Days、西麻布「Romanisches Cafe」などで活動するにつれ、曲調が多様化し、ドラムを交えたいわゆるワン・ホーン・カルテットの形態を基本とするようになる。アメリカだアジアだというコンセプトも窮屈になりバンド名を「坪口昌恭PROJECT」と改名。その後、移転後の新宿PIT INNでは平日昼の部→土日昼の部を経て'94年12月夜の部に昇進(?)。以来'98年11月まで定期的に活動し(通算101回)その間、日本を代表するオルタネイティブ・ジャズ・シーン(?)の「実力」と「華」とを兼ね備えた多数のミュージシャンたちがバンドを去来。最終的にBassの水谷浩章、Drumsの外山明という、若手最強のリズム隊でサウンドは確立され、人気も定着してきたところであったが、自己の音楽指向の変化に伴い活動休止、実質の解散となる。
 '95年10月に1st CD"M.T.Man"リリース。各音楽雑誌で「ユニークかつナイーブで新鮮」「難解そうで親しみやすい」等、好評を得る。
 '96年3月にCD発売プロモーション・ライブツアーを敢行。名古屋市「Electric Lady Land」、福井市「HALL BEE」にて演奏。地球人の脳をほぐし身体を浄化したとして絶賛された。
 さらに、'97年8月に2nd CD"東京の宇宙人"リリース。「アンチ・フュージョン・ファン?がなぜか楽しめてしまうフュージョン」「ヴィンテージ・キーボードの使い方がおいしい」「曲作りのセンスは、さすが宇宙人だけあって地球人とはひと味違う」「外山氏の奔放なドラミングが堪能できる」「ウチの子供が踊りだした」など大好評。



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