
5月24日○いよいよ明日開演!
ご来場を、一同心からお待ち申し上げております。
しばらく、準団員の恩ちゃんこと恩田にこの頁を明け渡してしまいました。そして、光陰矢のごとし、本番まで秒(!)読み! 稽古場は、独特な緊張感 に包まれつつ、ラストスパートに一同目をギラギラキラキラさせています。初演同様、自分の出番のないシーンは、袖パネルに隠れてじっと見入る出演 者たち。日々、昨日とは違うシーンに、不意をつかれて心奪われたりする…。自画自賛しても仕方ないので、稽古を見学に来た関係者の感想をご紹介すると…「贅沢」「旬のものがギュッと詰まっている」などなど。
でも、あと数日、「旬のもの」は、さらに前進するはずです。
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ダンサーチーム、公門さん・松本さん・池田さん、動きをチェック中。 |
手を休め傍らで見学中の鈴木秀城さん、今井美佐穂さん、山本光洋さん。 |
| 公門美佳さん、松本大樹さん、池田素子さん。 |
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公門美佳さんのソロシーン。 |
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↑発電ジョカ!!の落合優実さんに玄人はだしのテクニックで衣裳の直しをして頂いている所。隣でかもねぎショット栗栖が感心して見守っています。
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| 芝居チーム(と中庸チームより鈴木秀城さん)&ダンサーチームのペアによるエチュード風景です。 初演から更にパワーアップしたシーンに仕上がってきました。 乞うご期待、です!
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今井美佐穂さん・公門美佳さんペア(千葉真由美さんが後ろでこっそり吹き出している模様・・・) |
一人でやけに楽しそうな落合優実さん・・・その訳は?! |
鈴木秀城さんに思わず笑わされている池田素子さん、多田慶子さん |
松本大樹さん・栗栖千尋ペア。意味深長に佇む多田慶子さん |
他のペアのエチュードを観ながら出番待ちの笠久美さん、野和田恵里花さん、松本さん、栗栖 |
![]() 前方より松本大樹さん・野和田恵里花さん・池田素子さん 右:池田素子さん
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![]() |
![]() 多田慶子さんと松本大樹さんによる「運ぶ・運ばれる」 |
![]() 池田素子さん 野和田恵里花さん 公門美佳さん |
4月28日●作品ノート1
『新編サークルダンス』は街が舞台である。見知らぬ人々が行き交う街には、無数のドラマが潜んでいる。
●街のドラマ@
息をぜいぜいさせながら、ホームで中年男性と若い女性が笑っていた。二人は気持ちよく酒に酔い、一本電車に乗り遅れたことが楽しくて仕方ないように見えた。目じりを下げて優しいシワを満面にたたえた男性に、思わずつられて笑い、それからハッとして男性の顔に釘づけになった。「この人を私は見たことがある!」
数日前、私は中央線で「読書する四人家族」と居合わせた。四人は正装で姿勢がよく、幼い兄妹と両親は全く会話を交わさずにそれぞれの読書を続けていた。私は四人の顔立ちの完璧な美しさにたっぷり一人ずつ見惚れながらも、厳格さを漂わせるこの家族の近くではむやみに息をしてはいけないような感覚にとらわれたものだった。「あのときの父親だ!」
電車は走り出し、ホームが遠ざかっていく。私は二度出会った奇遇に感謝し、愛くるしい男性を、見えなくなるまでに頭に焼き付けた。
パントマイマー山本光洋さん |
ダンサー池田素子さん・野和田恵里花さん |
ダンサー松本大樹さん |
多田慶子さん・千葉真由美さん |
ダンサー公門美佳さん |
かもねぎショット高見亮子・野和田恵里花さん |
かもねぎショット準団員井草加代 |
かもねぎショット栗栖千尋・準団員恩田香 |
4月21日○ 余談にしたらもったいない余談 by恩田
「電車のシーン」という、ダンサーチーム・千葉さん以外が出
る滅茶苦茶に慌しいダンスシーンの練習している最中の出来事。(ちなみに、このシーンの練習になるとキャストの方々は全員人の話を聞かなくなり「いや、このとき私の腕が・・」とか
「その時私のお尻は・・」と物凄い混沌状態となってちょっと可笑しいです。伊藤さんが「じゃ、始めからやってー。」と言っても、始めからスタートするまでに何度も「・・・ちょっとーー、人の話聞いて
るー?」と言わなければなりません。)
片隅で千葉真由美さんと伊藤多恵さんがどっちの方が痩せている・肉付きがいい(お2人とも大変スレンダーです)という話をひとしきりされているなと思った後、ふと視線を戻すと伊藤さんが千葉さんに延々とグラビアアイドルの悩殺ポーズをサービスしていました・・・。舞台の方を向かれたので、もう終わるのかなと思ったら振り向き様に悩殺ポーズ。。
伊藤さんはスタイルが良く、ラインもお美しいのですが悩殺と
いう感じではありません。。でもさすが振付家、目が釘付けになる事グラビアアイドルもまっつぁおでした。
4月19日○黄金カルテット
本日は中庸チーム+芝居チームのダンス(?)稽古。ワルツにあわせて「何だっけ?」「何だっけ?」と言いながら踊った。やや若めのチームが自作の振りで「何だっけ?」「何だっけ?」とワルツを踊る(?)とどこかほのぼのした雰囲気。ところが光洋・多田・千葉チームがやはり自作の振りで「何だっけ?」「何だっけ?」と踊る(?)と「切実。笑えないよね」と伊藤さん。この「笑えない」ことがたいそう可笑しいらしく、伊藤さんは愉快そうに笑っていた。たしかに、三者三様の「切実さ」を同時に見ると、三者三様だけになおさら、笑いたくなるほど真に迫るものがある。決して「めちゃめちゃカッコイイ」わけではないのに、この人たちのように歳を取れたらいいなあと、心から思う。ところで、伊藤さんと光洋さんと多田さんと千葉さんはほぼ同い歳。光洋さんは「黄金カルテット」と呼んでいる。
4月18日○本当に復帰
数日前「本日復帰」と書いたとたんに熱が出てダウンしてしまった。こんどこそ復帰です。
3日ぶりに稽古場に行く。と、「病院行ったんですか?え?行ってないの?どういうことですか!」(く)に始まり、「風邪をうつすとアメリカじゃ訴えられるんですよ」(も)とか「HPは毎日更新するんじゃなかったんですか?」(り)とか多方面から言葉の槍やら鎌やらが次々飛んできた。みんなすごいハイテンションだ。でも、一番つまらなかったのは、みんなで嬉しそうに昨日の稽古の話をしていたとき。くそ〜、何話してんだかよくわからないっ!
今日の稽古は山盛り。「透明人間」エチュードと「サプライズ」エチュードはやけに楽しかった。「サプライズ」は、5人1チームとなり、それぞれ4人で結託して1人を驚かせる、それを5回(人数分)繰り返すというもの。1人ずつ部屋の外に追い出され、残りの4人がどうやって驚かせるかを相談した。そして、2チームの発表タイムがやってきた。私たちのチームは、驚かせ方が朗らか系(というか単純系?)。いきなり胴上げをされたくりちゃんは「生まれて初めて胴上げされた!」と赤ん坊のように頬を紅潮させて喜んでいたし。目をつむったまま空中を運ばれた私は、てっきり空高く飛んでいるものと思いきや、目をあけたとたんに目から10センチも離れていない場所に床があって「うわあっ!」と大声をあげさせられた。そうして、私たちのチームは5人全員を驚かせることに成功したのでした。ところが、もう1チームは、練りに練られた頭脳プレイが災いしたのか、美佳ちゃんがさっぱり驚きません。それなので、美佐穂ちゃんと笠さんの迫真の演技がえんえんと続きました。それでどういうことが起こったかというと、美佳ちゃんは相変わらずさっぱり驚かない代わりに、見学していたはずの私が騙されて驚かされてしまったのでした。(私はアホか)
○余談ならぬ余写真
少し写真を入れた方が…というメールを吉村恵美子さんから頂戴したので、意味なくハワイの鳥を。ふくろうにそっくりなタカです。金網ぎりぎりに接近して、彼(彼女?)がこちらを向いてくれるまで5分ねばりました。次はもうちょっと意味のある写真をのせます。
4月15日○命名名人
締め切りやら筋肉痛やら看病やら筋肉痛やらで息切れしている間に、オンちゃんこと恩田さんに居直られてしまった高見です。本日復帰。
さて、稽古は現在、バージョンアップ・リメイク版に向かって日々こつこつと練り上げ中です。演出・振付の伊藤さんは、昨日の稽古でも「命名の名人」ぶりを発揮していました。オンちゃんの日記に「多田慶子さんと松本大樹さんチームは『姉・弟』(そして時に『取り憑かれた男・取り憑いた女』)」に見えた、とありましたが、そのときの多田さんを、伊藤さんは「酔いどれ」と命名。松本大樹さんと鈴木秀城さんがチームを組んだときには「元サーカス団員の老後みたい!」と命名した後に、いつものようにハッハッハッハッと明るい高らか笑い。あまりにピッタリ言い当てているので、一緒になって笑っていたら、「高見は、打ち上げられたセイウチ」と言われてしまった。ぶ〜。それで、一人スネて「なあに、セイウチって…ぶつぶつ」と控え目に独り言をつぶやいていたら、隣にいた美佳ちゃんから「オットセイの一種みたいなのだよ」と優しい小声で教えられてしまった。
○休憩時間
またまた「チャーリー山本」話。多田さんが「チャーリーの餅つきも見てみたい」と言うと、「そうそう。俺も餅つきも考えたんですよ」と光洋さん。そう言いながら、にわかにチャーリーに変身して餅つきをしてくれた。すると野和田さんが、「こんなのもやってほしい」と右足を真上にストレッチ。多田さんも超難しいバレエの技を「簡単でしょ、人形なんだから」とリクエストしていた。
4月15日
乱入し居直っております準団員の恩田です。ご案内致しました 「ダンス☆ショー」のご報告をさせて頂きます。
ショーはお陰さまで大盛況のうちに幕を閉じました。会場には50
人くらいといわれていたキャパを大きく上まわり、各回80名以
上ものお客様がご来場くださいました!
自分の振りがない曲の時も常に舞台上で待機し、乱入も可だっ
たため、踊っている人もいない人も目をぎらぎら光らせ、一人
一人が発火材となった熱狂のステージでした・・・!皆が同じ
熱気・テンションでその場にい、触ったら熱!となりそうな、
濃密な時間が生みだされ参加できてとてもとても幸せでした。
ご来場のお客様、本当にありがとうございました。
・・・そしていよいよ、サークルダンス稽古場に本格復帰です
!
一昨日の稽古では、まず「運ぶ・運ばれる」をテーマに2人一
組になってのエチュード。思いがけない運びっぷり、運ばれっ
ぷりに、お腹を抱えて笑いつつも、感心してしまいました。シ
ンプルなテーマなのにやりようによって可笑しく見えたり、恐
く見えたり、切なく見えたり。。身体は雄弁なんだなあと思い
ました。
多田慶子さんと松本大樹さんチームは「姉・弟」(そして時に
「取り憑かれた男・取り憑いた女」・・・!)に見えてしまい
可笑しくて好きでした。。
また明日の稽古が楽しみです!
4月10日○美学校ギグメンタ・『ダンス☆ショー』のお知らせ
準団員の恩田です。突然ながら、「高見亮子にWHAT’S NEW?」に乱入させて頂きます。
この度、美学校ギグメンタ・『ダンス☆ショー』というダンス公演で「黒沢美香&ダンサーズ」のダンサーとして出演させていただく事になりました。サークルダンスの稽古が本格化する中、他公演に参加する事を快諾してくれたかもねぎショットの懐の深さに甘えつつ、二つの稽古場を行き来しています。目前に迫った「ダンス☆ショー」をこの場をお借りして少しだけご案内させて頂きたく思います。
「ダンサーズ」とは黒沢美香さんが80年代から公演の中で継続されているグループで、チラシより抜粋すると「・・・誰それをダンサーズと指すのではなく踊る身体を<ダンサーズ>と呼ぶ」。今回のダンサーズは黒沢美香さんのクラスに通う面々で構成されています。お互いの日常を知らない同士、でも一たび踊りだすと背負っている日常は身包み剥がされて、本人すら知らなかったかもしれない赤裸々なその人をふふん、と認知しあっている同士。人間的にもパフォーマーとしても大好きな(故に新潟にまで追っかけをしました。。)歌役者の松之木天辺さんや、以前黒沢美香さんの公演を観てから心を奪われている、ど根性の入ったキューティーダンサーズ「ピンク」の方々もいらっしゃり、彼、彼女達の素晴らしさはもちろんなのですが、クラスに行くたびに毎回違うのメンバーの驚くべき魅力に目を見張り、口をあんぐりと開けさせられています。(クラスではお釈迦様級に懐の深い大元締め、黒沢美香さんの、私達と一緒にバーレッスンをする時の一つ一つの微細な動きの慎重さに心を打たれたりもします。)
美香さんの説明によるとクラスは「(踊りが上手い下手でなく)凄いか臭いかが良い評価となってい」ます。そういうわけで「ダンス☆ショー」では出来うる限り、臭う・凄いダンス!をご披露したいと目論んでいます。
詳しい案内はかもねぎニュースの方に記載しておりますので宜しければ是非観にいらして下さい!
4月9日○初のながーい稽古
今日は午後1時から9時まで、初めてのながーい稽古。夕方で帰る人や夕方から来る人もいて、全員が一度にはそろわなかったのだが、それでもキャスト中12名が集合。(結婚ホヤホヤの秀ちゃんも本日稽古初参加)稽古場は、アッという間に「湿気」でむんむん。サウナ状態と化した。「構造もリメイクしようってずっと考えてるんだけど、初演の構造があまりにもよくできていて、部分じゃ変えられないんだよねー」と伊藤さん。そうなのだ。なにしろ『サークルダンス』なので、あちこちに巧みに伏線が敷かれて連鎖させてある。一つシーンをかえると、連動して次々かわってしまうわけだ。「困ったね〜」と元気な声の伊藤さん。その言葉を聞きながら、出演陣はにこにこしている。「何がどう変わっても、どのようにでも応じますよ」という嬉しそうなにこにこ顔だ。さてさて、初演の「思い出し」稽古が終わった後に、どんな稽古が始まるのだろう!
4月8日○麻紀ちゃん秀ちゃんおめでとう!
今日は、『新編サークルダンス』出演の秀ちゃんこと鈴木秀城さんと、ラッパ屋の麻紀ちゃんこと弘中麻紀さんの「結婚を祝う会」だった。バンザイ! 二人はかもねぎショット公演『客』に客演していただいたときに知り合い、『ダブルス』に客演していただいたときに復縁。つまり、私たちは一度ならず二度も二人を結びつけたのだ。やきもきしていたのだけれど、めでたく今日を迎え、本当によかった。バンザイ! 「結婚を祝う会」は、集まった人たちも皆心優しく、よい会だった! 同じテーブルに座っていた美術家の加藤ちかさんは感激のあまり号泣しており、「ちかさん、泣きすぎ」と皆でなだめるのが大変だった。
○本気の余興
会の余興は、さすがはツワモノぞろい。国本武春さんのうなりに、くりちゃんこと栗栖は「わー! 贅沢!!」と歓喜していたし、大草さんがラメ入りのつけまつげまでして登場したラッパ屋バンドには、私たちのテーブルは総立ちで大笑いし続けた。世田谷@スクール公演で一緒だった萩窓子さんからは数日前に「麻紀さんのことをよく知らないので…」と電話取材を受け、私と伊藤さんは「それがね、欠点はなにもないんだよ」と麻紀ちゃんの長所をあれこれ伝授。窓子さんたちの余興は、それやこれやを見事に構成した力作だった。さて、私たちの余興は、くりちゃんとダンサーの美佳ちゃんこと公門美佳さんが大活躍。二人は前日も夜中の2時半まで稽古をした。(私は実は「余興」なるものが大の字が10個ぐらいつくほど苦手。だいたい1週間ぐらい前から胃が痛みだす。それなので、大学時代の友人の結婚式で頼まれた余興を断ったこともある。でも、断ったことをずっと後悔して―今も後悔している―二度と断るのは辞めようと決めた。それでも苦手であることにかわりはなく、ごあいさつをちょっとだけして、あとはくりちゃん美佳ちゃんに託したのであった)二人は会場内を練り歩いてウルフルズの「バンザイ」を歌ったのだけど、伊藤多恵さんに「くりちゃんと美佳ちゃんは、ジェラルミンでできた美しい花ではなく、草花のようだった」とおほめの言葉をいただく。はーよかった。ちなみに、伊藤さんは、会場の皆が一緒に歌ってくれるたびに光洋さんと目を合わせてうなずき合い、二人の余興をそわそわしながら見守っていたようで「まるで父兄みたいですよ」と声をかけられたそうだ。
4月7日○千葉さんのこと
今日は、稽古場に千葉さん登場。千葉さんはダンサーなのだけど、「ダンスチーム」ではなく「大人チーム」に入っている。そして、今日の稽古でも「役者ぶり健在」。即興エチュードでも、思わず目を見開いてしまう不条理な台詞をさらりと、一点の嘘もなく言ってのけ、演出の伊藤さんともども何度ものけぞらされた。この「嘘のない」演技は共演者泣かせだ。『サークルダンス』初演の本番中には、笠さんが、千葉さんのシーンを袖から見ていつも泣いていた。昨年の『ラプンツェルたち』の本番中には、多田さんが、「(人魚姫役の)千葉さんを直視できない。見ると泣いてしまうから」と悩んでいた。けれど、当の千葉さんはサバサバしたもので、稽古後、「あー、全く動いてないのに、見てください、この脂汗!」と、元気よく訴えていた。
追記/稽古の休憩中、「筋肉痛」が話題にのぼる。「いいですねえ、光洋さんは(一番過激に動くシーンに)出てなくて」と皆でいじめると、「何を言ってるんですか。僕だって筋肉痛ですよ。こういうのやってたんですから」と「チャーリー山本」をやってくれた。お得な気分。
4月6日○驚いた
昨日は、「階段が下りられない」「トイレがきつい」…筋肉痛を告げる報があちこちから届いてきた。が、朝起きて驚いた。私も筋肉痛なのだ。実は2日前の稽古、私は他の人々の十分の一も動いていない。それなのに、これは一体どうしたことか。しかも一日遅れで。いや、実は昨日の夕方あたりから太ももの付け根あたりに違和感があったのだけど、思い過ごしだろうと気づかないフリをしていた。でも、今朝、やはりこれは筋肉痛以外のナニモノでもないことを思い知る。それでも、痛い場所をよくよく確かめてみると、内モモであることが判明し、ニマっとする。その昔「内モモを使う」ということはどういうことなのかサッパリわからなかった。だから当然、内モモは使われることがなく、筋肉痛になりようもなかったのだ。「しかし…待てよ」と思う。2日前の動きの中で、私は内モモを使っただろうか? いや、使ってない。そして、柔軟体操で開脚を少し多めにしたことを思い出す。なんたること。私は柔軟体操で筋肉痛になったのか!
4月5日○チャーリー山本
山本光洋さんのソロライブをplanBに観にいく。“かかしになるために@”の3回連続公演の3回目。1、2回を観にいかれなかったので、絶対に行きたかったのだ。大満足の幸せな時間。キューピーさんのが大好きだった。さて、1、2回目のライブの後、観にいった回りの人々からどれほど「チャーリー山本」の話をきかされたかしれない。中には吉村恵美子さんのように、チャーリーを真似してみせてくれた人もいた。多田さんには「とにかく見ないとだめ。あの面白さは伝えられない」と言われた。想像と期待がふくらむ中、想像どおり、期待をはるかに超える面白さ。まだ観ていない方は、ぜひ次回の「連続公演」を観にいってください!!(光洋さんは、「このような連続公演を、あと10回はやろうと思っています」と話していました。ちなみに次回は9月だそうです。「チャーリー山本」はきっと9月にもやってくれると思います)
そういえば、数日前、たいちゃんこと松本大樹(たいじゅ)さんが、稽古場にくるなり、「ねえねえ、光洋さんて『マイムの神様』なんだって?」と興奮気味。「僕、全然知らなかった。今日さ、マイムやってる友だちにチラシ渡したら、『ええ! 山本さんと一緒に出るの? この人、マイムの神様なんだよ!』って言われてさ」。稽古場にいた面々が、「だから(初演のときから)そう言ってるじゃない」と答えた後も、マイペースのたいちゃんは「へー、全然知らなかった。マイムの神様だったんだ、光洋さん。へー」としばらく感心していた。そういえば、昨年『ラプンツェル』で光洋さんとダブルキャストだったゴンちゃんこと宮島健さんも、本番中に、劇場の壁に貼られた公演紹介記事の「出演はパントマイム界の神様、山本光洋…」の一文に目をとめて「へー、光洋さんてパントマイム界の神様なんだ。そうか。そうなんだ。知らなかった。そうだったんだ」と長いこと感嘆していた。どうやら、光洋さんは、かもねぎで共演する男性陣にとって不思議で特別な存在らしい。
4月4日○いよいよ筋肉痛スタート
公演2ヶ月前に、HPの「毎日更新宣言!」をしたものの、この日記を、1週間前にさかのぼって書き始めてしまった。いつかは本当の「今日」に追いつくだろうと思っていたのだが、いつまでたっても追いつかない。(考えてみれば当たり前か…)そうすると、だんだんイライラしてきた。臨場感にも欠ける。ということで、一気に飛ばすことにした。それなので、4月4日。新年度がスタート!
さて、今日の稽古は、「ダンスチーム」と「芝居チーム」。全員そろう日はまだまだ先だが、2チームの合同稽古は初。「芝居チーム」の笠さんは朝から緊張して「水○リ」だという。稽古前、「ダンスチーム」のもっちゃんこと池田素子さんに特殊足マッサージをしてもらった笠さんと今井さんは「痛い痛い!」と悲鳴をあげた後に立ち上がって「何これ! 自分の足じゃないみたい! どういうこと? 床をつかむ感触が手みたい!」としばらく感嘆符つきでしゃべり続ける。「手のような足」を手に入れて、いよいよ稽古に突入だ。「芝居チーム」だから動かないかといえば大間違い。普段使わない筋肉をバンバンに使って、今日は動きまくった。稽古場の密室はたちまちアツーイ湿気で充満。そして「ぅわー、明日歩けないかも…」という小さな声が聞こえ始める。そうそうこの筋肉痛が始まると、ふふふ稽古が軌道にのってきたなと嬉しくなる。「太ももが笑ってる」と笠さん。それはどういうことかというと、自分の意志では統制がとれなくなった状態ということかしら。
今日の筋肉痛よりもっと痛い筋肉痛を10回ぐらい乗り越えて「もう全然痛くない」というふうになって、その後に何度も何度も猛練習をして、そうして本番の3分ほどのシーンが出来上がるのだ。「今回さ、完成度高くなるよね」と「ダンスチーム」の松本大樹さん。はい。そう思います。
3月29日○ちょっといいところに
『新編サークルダンス』に出演の多田さんと、打ち合わせの後、鎌倉の源氏山公園を散策する。ハワイの山も美しかったが、日本の山もなかなかよい。と、白地にまだらに赤の入った花が咲いていた。しばらく立ち止まって見入ってから、再び歩き始める。「つばきの一種かな?」と言う私に、多田さんは「“ちょっといいところにアザのある女”」と答える。加えてさりげなく「素人じゃないよね」。そう言われてみるともう一度見ておきたくなり、私は“ちょっといいところにアザのある女”まで戻ってシャッターも押した。
山を下り、帰途、私はきょろきょろと周囲を見回す。奇抜なかっこうをした若者もいる。仮装行列(…なんていうんだっけ?)の二人連れとも2組すれ違った。でも、みんな、どこからどう見ても「素人」だ。別に「素人」だろうが全然かまわないんだけど、何回見ても仮装行列(…なんていうんだっけ?)にギョッとしてしまうのは「きっと彼女たちが素人のせいだ」と、なんとなくわかったような気分になる。彼女たちは “ちょっといいところにアザのある女”と言われても、まるっきりピンとこないに違いない。
3月×日○お願いを二つ
「3月21日」以降、今日までの日記に、アップもれ(掲載もれ)がありました。おつきあいいただける寛大な方、どうか、このページをスクロールして、3月21日までさかのぼり、以降を読み返してください。
さて、私が尊敬して憧れてやまないダンサー、黒沢美香さんからわざわざご丁寧に「聞いているかもしれませんが恩田さんになにか教える間もないタイミングで公演になりなにも教えないまま踊ってもらうことになりました。公演中拉致させていただきますね。ご報告まで」というメールをいただいた。「恩田さん」というのは、昨年かもねぎショットに入ったばかりの新人。今年2月の『あの家』で、かもねぎ初舞台を踏んだ。そして、2月公演を終えると美香さんの稽古場に通い始め、4月、こんどはダンス作品で初舞台を踏もうとしている。「お世話になります」という旨のメールを返送したところ、再び美香さんからメールが。「いや〜〜〜なんと言ったらいいか。このダンスショーはご存知かもしれないですがかなり昔の古い踊りを羅列したものです。なので振りや構成があるのですが恩田さんはなにも知らなくてもある一曲(ケンさんと呼んでる踊り)を次の土曜日までに覚えるからその踊り(ケンさん)は踊ると真顔で言うのです。私は踊ることというのはキャリアではなくそこへ向かう姿勢の現れが身体に表れると思っているので恩田さんの無謀な望みに感激しました。さすがかもねぎ女優だ!と信頼してます」最後の一文は、過剰と思うが、私も、恩田さんの行動に、何も始めないことには何も始まらず始めれば始まる、ということを思い出し、固くなりかけている頭をカチ割られた気分。
追記/上記の4月公演には、昨年上演したかもねぎショット『ラプンツェルたち』に出演いただいた、松之木天辺さん(王子様役でした)も出演します。松之木さんからの公演案内が届いておりますので、ニュースの欄をぜひご覧ください。
3月28日○稽古場に「おばさん」現る
今や「おばさん」という単語は、軽蔑語として流通しているように思える。「親戚のおばさんが…」という場合には話す方も聞く方も蔑み度はゼロになっているのだが、ただの「おばさん」はそうはいかない。そもそもは「大人の女性」を指すはずなのに、「大人の女性」と「おばさん」は、まるで違う生き物のようである。
3月×日○なぜハワイに行ったの?
ハワイから帰ってきて1週間目ぐらいから、じわじわと「あ〜行ってきたんだな〜」という実感がわいてきた。
ハワイに行く前、周囲の反応はヒジョウに変だった。普通「へー、いいね!」という声をかけられそうなものである。ところが、10人中9人は、開口一番「え? なんで?」と眉間にしわを寄せて聞いてくる。『新編サークルダンス』出演の千葉さんに至っては、「ハワイ?」「ハワイ?」「ハワイ?」と、きっちり3回聞き返された。そんなに何回も聞き返されると、だんだん行っちゃいけないのかな、という気分にもなる。たしかに、自分でも半信半疑だった。成田の飛行場でも「ホントにハワイに行くのかな? まだ信じられない」と言い、連れのXさんに「帰ってからも信じられないかもしれませんね」と返された。だから、ともかくも、「行ってきた」という実感がちゃんとわいてきたことは喜ばしいことだ。
さて、上述の「Xさん」は、別に名前を明かしてもよいのだが、「私と行ったなどといわずに、一人で行ったということにしたらどうですか?」とおっしゃる。もう「連れ」と書いてしまったので、「一人旅」の嘘は通らなくなってしまったが、それじゃあせめて、名前を伏せてみようかな、と思ったまで。(ほとんど意味はありません。それに、たぶんそのうち明かすと思う)
Xさんもハワイが似合うとはいえない。と私は思う。でも、Xさんには「行かなければならない理由と目的」がちゃんとあった。小説の取材だ。別の友人を誘ったら「それよりスペインに行かない?」と逆に誘い返されてしまったという。「でも、スペインじゃ意味がないんです」とXさん。そりゃそうだろう。それで、私はといえば、「行かなければならない理由」は何もなかった。だからにわかに目的をつくらなければならなかった。そこで目的を「休養」とした。立派なもんだ。
ハワイに到着したときには仰天した。まるで知らなかったのだが、翌日が「ホノルルフェスティバル」だったために前夜祭の気配が立ち込めていたのだ。「ホノルルフェスティバル」は、ワイキキのメイン通りをパレードが続く。このパレードに参加する何十という集団は、「ソーラン節同好会」やら「よさこい同好会」やらで、つまり、日系人の集団や来日集団がそこかしこにひしめいていたのだ。そのうえ、それを応援する来日集団おばさんが皆お揃いのムームーを着てやはりひしめいていたりする。「ここはどこ?」と私が思ったのも無理はない。このひしめきの中で私は「休養」できるのだろうか? でも「目的」は果たさねばならない。なにしろ「目的」なのだから。
でも、幸いなことに「休養」という「目的」は、比較的果たしやすい。意志があればなおさらだ。私はもろてをあげ、「休養」に向かって走り出した。
3月×日○『欲望という名の電車』
ラドママプロデュース公演『欲望という名の電車』を吉祥寺シアターに観に行く。主宰の杉浦千鶴子さんは、私がかつて所属していた劇団の先輩で、いろいろとお世話になっている。千鶴子さんから『欲望〜』をやりたいという話を吉祥寺の焼き鳥やさんで聞かされたのは、4、5年前だっただろうか。私に話す以前からその思いは続いていたに違いない。もしかすると10年、ひょっとすると20年以上かもしれない。思い入れがようやく実現する運びとなって、これはぜがひとも行かないわけにはいかなかった。私の携帯の留守電にも「絶対絶対絶対来てね。もし来なかったら………ぶつ」という千鶴子さんの太い声のメッセージが入っていたし。ノゾエ征爾さんが脚色・構成・演出。
2時間半は長かったけれど、面白かった。ノゾエさんのブラックなアイデアのチープ具合に「わ。まずいかなこれ」(※私にとって、という意味です)と前半はどぎまぎしたのだが、そのチープ具合は、ブランチ役の千鶴子さん、スタンリー役の下総源太朗さん、ステラ役の町田マリーさん、ミッチ役の久保酎吉さん、ユーニス・ハベル役の渡会久美子さんらの揺るぎなさを心地よく見られる効果に働いてきて(※これも、私にとって)、後半にゆけばゆくほど奥深くて濃密な大作だった。千鶴子さんのからだのキレが今なお健在だったことも、たいそう嬉しかった。
3月×日○『ミュンヘン』
ハワイに行ったとき、往復の飛行機でやり過ごす時間と眠れないかもしれない旅先の夜の時間のために『ミュンヘン』を携えた。読み終えて(というか読みながら)、最もショックだったのは、私はミュンヘンオリンピックで起きたテロ事件のことを、そもそもまるで知らなかった、という事実にである。物心はついていた年齢だったのに。本の中には、いみじくも、オリンピック村でイスラエルの選手団が人質にとられ既に人質の中の2名が殺されておりドイツ政府がテロリストたちと交渉を続けている正にその渦中に、そこから数百メートルしか離れていない体育館でオリンピックの競技――日本対東ドイツのバレーボールの試合は続けられていたことが書かれてある。物心がついていた私は、きっとそのバレーボールの試合をテレビで観戦していたに違いない。必死に記憶をたどれば、そういえばあの頃「ハイジャック」なるものが頻繁に起きていたこと、あるときからパッタリなくなったことが思い返される。それはこういう理由だったのか、と読みながら思う。生きていながら、知らないことが多過ぎる、と思う。
私はユダヤ人のこともアラブ人のことも何も知らない。いや、ユダヤ人を一人、アラブ人を一人知っている。
そのアラブ人は、ある日招きもしないのに、私たちが住んでいたアパートにやってきた。ベルリンで伊藤多恵さんたちと借りていたアパートで、私たちはお世話になったドイツ人のマーガレットを食事に招いた。マーガレットは恋人を同伴してもよいかと言い、もちろんどうぞと答えたところ、その恋人の友人であるアラブ人もついてきたのだ。そのアラブの男はまず「日本の女性は、男性に靴下をはかせてやるんだろう? オレもそんなふうにされたくてやってきた」と言った。(熱い性格のマーガレットは「なんでこの男も来たんだ!」と怒り始める)それからそのアラブの男は「世界の中心は、どの国か知ってるか?」と聞いてきた。そして「何を言うんだ、中心はある。教えてやろう。世界の中心は、アラブだ。何故なら石油がとれるから」と威張った。(マーガレットは「早く帰れ! 今日は多恵たちが、私を招いてくれた会だ! 私を!」とテーブルを両手のコブシでドンドン叩いて怒り続けていた)このように、私のアラブ人経験は、たいへん印象がよろしくない。
そのユダヤ人とは、なぜかうちとけた。彼女は私の片言をつなげた英語にいつも辛抱強く耳を傾け、さっぱり英語を聞き取れない私に辛抱強く話しかけ続けてくれた。彼女は、以前私が所属していた劇団が開催するプロジェクトに参加するために来日し、その後、私たちの海外公演ツアーにも同行した。私がその劇団を辞め、すっかり疎遠になってから数年がたち、あるとき、また彼女が来日していること、彼女の恋人が難病に倒れたことを噂で聞く。それで思い切って彼女が滞在するホテルに電話をかけてみると、「ハロー」と言っただけで「Ryokoか?」と返ってきた。あれからまた十年以上がたつけれど、もしまた会うことがあれば、私たちはまたすぐに友人に戻れる気がする。このように、私のユダヤ人経験は、心温めてくれるものだ。
「だからなんだぞ」と言い聞かせながら『ミュンヘン』を読み進める。つまり、私が一人だけ知っているアラブ人を大嫌いで、私が一人だけ知っているユダヤ人を大好きだから、だから『ミュンヘン』の中で知らず知らずイスラエルを応援してしまっているけれど、それは正しい判断ではないのだぞ、と。そう、正しい判断ではないことは重々承知しているのだけれど、私の感情はいかんともしがたい。
そして、ハワイの街中に出る。周囲に山ほどいる日本人を見渡しソワソワし始める。「あの人を『日本人』だと思われたら困る」「あの人も困る」「あ。あの人も『これが日本人か』と思われたら困る」…そう思いながら周囲を見渡している私は、傲慢以外の何者でもない。
少し遅れてきた野和田さんは、ビデオを見ながら、「あー、お腹すいた」とパンを取り出す。「いっぱい食べるけど、驚かないでね」と前置きして、本当にそれはそれは大きなサンドイッチを食べ始めた。食べ終わったと思ったら、サンドイッチよりもっと大きなピザパンが出てきて、これもアッという間にたいらげてしまった。 10数年前、ベルリンで伊藤さんとダンサーの亀谷さんとアパートを借りていたときに、ダンスのレッスンから帰ってきた亀谷さんが興奮して話したことがあった。「あのさ、今日さ、レッスンの途中で、一人倒れちゃってさ、『気分が悪くてこれ以上踊れない』みたいなこと言ってるんだよね。それで、みんなが『どうしたの?』ってかけ寄ったんだけど、どうやら『お腹がすき過ぎて…』って言ってるみたいなわけ。そうしたら、一人の子が『私、チョコレート持ってるわっ!』って自分のカバンに走っていって、チョコレートを出して、その倒れてる子にあげたの。ねえねえ。この光景、信じられる? レッスン止めちゃってさ。お腹がすき過ぎってさ、よくわかんないでしょ?」 亀谷さんがずーっと笑いながら一気に話したこの話を、野和田さんがパクパク食べているときに、フイに思い出した。野和田さんはその直後に、ばんばんに動いていた。どういう内臓をしているのだろう? それとも私に「ばんばんに動いて」見えただけで、野和田さん的には2〜3割のところで動いてただけだったのかな。 20年ほど前まで私は30件ぐらいの電話番号を暗記していた。だから電話帳など不要だった。今でもその番号たちを覚えているが、たぶん30件の電話番号は全て変わってしまっているだろうから、私の記憶は無用の長物だ。美紀ちゃんの実家の「記憶」番号にかけたときも、やはりつながらず、以来あきらめていたのだった。本当に電話帳のことは、すっかり忘れていた。…でも、母の字で書き直されたこの番号からも変わっているかもしれない… 果たして、電話口には懐かしい美紀ちゃんのお母さんが出てきた。「あのう…私、小学校と中学校のときに美紀ちゃんとクラスメイトだった…」どもりどもり名乗ると「ハイハイ! かもねぎショットの。脚本家の」と美紀ちゃんのお母さん。うわあ。ホームページを読んでくれているんだ! 私はズドーンと打たれる。「ハワイに行くことになって…あの…美紀ちゃんはハワイに住んでいると噂で聞いていて…」やはりシドロモドロの私に、美紀ちゃんのお母さんは「そう。マウイにね」と、美紀ちゃんの携帯電話の番号を教えてくれた。それから、美紀ちゃんのお母さんと、かけ足で25年を語り合った。父が10年前に亡くなったと話すと、美紀ちゃんのお母さんは「そう。お父さん亡くなったの」と2度繰り返した。 美紀ちゃんお母さんは山登りが好きだった。「うちのお母さんは、毎朝4時に起きて、お天気がいいと、家族の朝ごはんとお弁当をつくって、私たちが起きる頃にはもう山登りに出かけてるんだよ」と美紀ちゃんは話した。でも、そんなにお天気がいい日がしょっちゅうあるわけはなく、一緒に学校に向かうべく美紀ちゃんの家まで迎えにいくと(私と美紀ちゃんは同じ団地に住んでいた)、「亮ちゃん、おはよう! 今、美紀、おりてくわよ〜!」と4階の窓から美紀ちゃんのお母さんが毎朝声をかけてくれた。学校帰りには、美紀ちゃんの家の下でいつまでも立ち話をした。二人で傘を振り回してちゃんばらごっこ(?)をしている様子は、美紀ちゃんのお母さんに4階の窓から写真をとられてある。 美紀ちゃんのお母さんに山登りに連れて行ってもらったこともある。生まれて初めて映画館に映画を見に連れていってくれたのは、美紀ちゃんのお父さんだ。(『男はつらいよ』だった)美紀ちゃんのお姉さんは確か7つ歳上で子供心に見たこともないほどきれいな人で、たまに「こんにちは」と声をかけられるとドギマギした。ちなみに美紀ちゃんのことも、私の両親は「美人ねー」といつも噂していたが、子供心に美紀ちゃんが美人だということには全く気がついていなかった。 美紀ちゃんは長距離走が早く、運動会ではいつも必ずダントツの1位、私はいつも必ず半周遅れての2位だった。美紀ちゃんと私はリコーダーが上手く、音楽の時間の発表会でバッハの小フーガト短調の見事な二重奏をして、クラスメイトたちをアングリと驚かせた。美紀ちゃんと私は作文が好きで、変な小説をリレー式に書き、授業中にこっそりパスしては、お互いにその続きを(やはり授業中に)こっそり書いた。でも、一番印象に残っているのは、小学生の頃、学期末の「お楽しみ会」で劇をつくったこと。美紀ちゃんと私を含めた7、8人のグループは、「シンデレラ」と「白雪姫」を足して2で割ったお話や、「四谷怪談」と「牡丹灯篭」を足して2で割ったお話を創って(?)発表していた。そのおかげで、私は今だに、「四谷怪談」と「牡丹灯篭」の区別ができない。 そんなに仲がよかったのに、いつの間にか疎遠になってしまった。でも、25年ぶりに、私は美紀ちゃんに電話をかけた。(つづく)
メンバーの4人は皆1980年代生まれ。高知で初めて会ったときもそうだったけれど、今日もまた、彼らの真っ直ぐな純情な素朴なひたむきさに心洗われる。渋谷でライブがあるのだが、『新編サークルダンス』の本番と重なっているので行かれない。だから、たぶん、もう彼らには2度と会うことはないのだろうなと思うとちょっと寂しい。 それはともかく、深夜で疲れていたせいもあったのか、この日のラジオ番組の進行役、上記のスーパーオーディションの総合プロデューサー役でもある、伝説のロックギタリスト、Charさんのコメントがなかなか興味深くていちいち反応してしまった。 「オレはもう、この年になるとバンドは組めない。だから、マナがある意味羨ましい」(「バンド」を「劇団」に置き換えると、中年俳優とか中年劇作家の言葉にも聞こえる) 「(地元ファンのメッセージにしんみりするマナのメンバーに)今のは目に見えてきた客の声でしょ? これからは目に見えない客を相手にしていくことになる。でも、これからも、目に見えた客を意識し続けていてほしい」 「初めてのレコーディングは、迎合せず、自分たちで悩んで取り組め。将来、この1枚だけは自分たちだけの思いでつくったと振り返れるように」(へー。ロックの世界でも「迎合」があるのか…) 迎合といえば、マナとは離れて、番組中では数々の「ロックの名盤」も紹介していたのだが、Charさんが選んだ「名盤」の中には、ビートルズの「Yellow
Submarine」があった。選んだ理由は「ビートルズが一番迎合しなかったアルバム。だからたぶん一番売れなかったアルバムでもある」。また「へー」と思う。ちなみに、「Yellow
Submarine」は、だるま食堂の理恵さんの持ち歌だ。かもねぎショットの『道』という作品に出演していただいたときに、理恵さんはこれを独唱した。つい先日のだるま食堂のライブでも、理恵さんはこれを独唱した。 追伸/この日から、私の頭の中には、マナの受賞曲の中の1フレーズと「Yellow
Submarine」が常に交互になり響いています。 3月21日○「芝居チーム」の稽古も始まる ところで、『新編』は、2年前の初演とキャストが一人も変わっていない。これは、私にとってヒジョウに喜ばしいことである。2年という年月は短いようで長い。2年ぶりに会う人々とは、つい昨日まで一緒にいたかのような親しみもあるし、まぎれもない2年という距離もある。それぞれの2年が成長であったことを、舞台で見せることができるはずだ。 というわけで、稽古場では「ああ。2年前は、ここの笑いながら転換するところがうまくできなかったんだよなー」と栗栖が2年ぶりに反省している。と、オッチーこと落合さんが「それさ、笑いながら隣の椅子も叩いちゃえばいいんじゃない?」とさりげなく提案。栗栖は「そうか。そうだそうだ、そうすればいいんだ」とハシャいだあと、「なんで2年前に言ってくれなかったんですか!」。思えば、栗栖は2年前には緊張しっぱなしで、オッチーにも敬語しか使ってなかった。こっそりと、イイゾイイゾと思う。
3月19日○NHK収録の話 スタジオ内には、秀策の実家、地元の城内、江戸城と3つのセットが組まれていた。その中で最初に目を引いたのは、大量の「めざし」と「アジの開き」と「いか」。秀策の実家の庭先に干してあるのだ。「わー、さすがはNHK。本物そっくり!」と近寄っていったところ、本物だった。ハイビジョンの時代に作り物は通用しなくなってしまったのかと思っていたら、「つくるより本物を取り寄せた方が安いんですよ」とスタッフさん。 秀策は、幼少時代、青年時代、成人と3人の俳優がバトンタッチしてゆく。さっそく、監修役のプロ棋士石倉昇九段が、待ち時間に秀策少年と秀策青年をつかまえて囲碁の手ほどきをしている。と、二人はまたたくまに習得。特に秀策青年は、「すげえ面白れえ。こんなに面白いモンだとは知らなかった。学校ではやらせよう」とすっかり囲碁にハマってしまい、「もう一回(対局を)お願いします」と私だけでも2時間以上つかまってしまったほど。秀策青年は、朝はつまらなそうに石を持つ練習をしていたのに、午後になると目つきも違っていた。彼の役づくりにおおいに貢献したと思う。 撮影は時間の流れにそって進んでいった。さて、幼少時代の秀策が母親に囲碁を習ってから十数年の歳月が経ち、立派に成人した秀策が久々に実家に帰って母親と対局するシーン。大勢のスタッフが、モニターをチェックしながら照明の調整をしたり、はげた廊下の木目にトノコを塗り直したり、小さなキズは黒いマジックでちょんちょんと塗ったりしている。秀策も立派な大人になっているし、お母さん役、お父さん役の俳優も白髪まじりのカツラに変わっているし、あー月日が流れたなーと感じさせるのだが、フト気がつくと、庭に干してある大量の「めざし」と「アジの開き」と「いか」は、十数年前と、枚数も位置も形も全く同じ。いいのかな〜? まあ、誰も見ないか。 3月17日○稽古スタート! 本日は、内部の通称「大人チーム」の稽古だ。ちなみにチームは3つあり、あと2つは「ダンサーチーム」と「芝居チーム」。 「大人チーム」は「中庸チーム」と呼ばれることもある。つまり、「からだも動かすし台詞もしゃべる」チームということ。「大人」の由来は、平均年齢がやや(?)高いこと。なので、やや若い「芝居チーム」は「若者チーム」と呼ばれることもある。 というわけで、本日は、光洋さんと多田さんのシーンの肩ならし。いろいろあって、「青江美奈」がモチーフの一候補にのぼった。「観客の中に『青江美奈』を知ってる人がどれだけいるだろうね」という話になる。「くらーい歌を笑顔で歌うでしょ」と一瞬芸で青江美奈を真似する多田さん。「オレ、あの人出てくるとコワかったっすよ」とわりと真顔の光洋さん。「コワかった」などと口にすると、振付・演出の伊藤さんはハッスルする。それからしばらくは、伊藤多恵の青江美奈ワンマンショウが続いた。全然似てないんだけどソックリ。 ためしに「若者チーム」の栗栖に青江美奈を知っているかどうか尋ねてみると、「私、あの人と、どっちがどっちかわからなくなっちゃうんですよね、ほら、あのホクロのある人」と言う。どうやら「ちあきなおみ」のことらしい。そうか、青江美奈とちあきなおみがごっちゃになってしまうのか…。 さてさて、本番に「青江美奈」が登場することがありましたら、彼女をしっかりご存知の方は存分にお楽しみください。 3月10日○ハワイの話 2月公演が終わってから旅づいている。「ハワイに行くことにした」と言ったら、母親がたいそう心配している。何がそんなに心配なのかと思ったら、「ハワイにふさわしい服を、あなた、持ってないでしょ」と言う。私の服は黒か茶色かせいぜい紺。全くハワイにそぐわないというのだ。最初は笑いとばしていたものの、だんだん心配になってきた。 ところで、私は、冬に太る。けれども同じぐらい夏にやせる。だからあまり気にもとめていなかった。問題がなかったから。ところがどうだろう。今は冬体型なのに、明日から夏服を着なければならない。という問題にさっき気がついた。心配がさらにつのる。 が、そんなことより、早く荷づくりをしなければ。出発は明日だ。 3月7日○高知の話 仕事で高知に行ってきた。今回の仕事は囲碁ではない。もしかしたら、一生四国に行くことはないかもしれない…とぼんやり思っていたから、「突然なんだけど、来週の月曜、高知に行かれる?」と電話をもらったときに二つ返事で引き受けた。高知の空港の名前が「龍馬空港」だということも、降り立つまで知らなかった。「みんな龍馬龍馬って言うけど…」と言うタクシーの運転手さんの土佐弁は、ここまでは聞き取れたもののその後は全くわからない。私は四国の訛に憧れを持っており、タクシーの中でにわかに嬉しくなってきた。
高知では、ボーダフォンと東京FMが共催のロックオーディションでグランプリを受賞したバンドの取材。ライブハウスに直行し、こんどは掲示物に目をとめる。「ふーん。高知では宴会のことを『おきゃく』というのか」。 「おまんらあの声も ちっくと聞かいとうせや!何でもえいわよ」。…これは一体どういうニュアンスなんだろうか。 四国初体験は、でも、空港、ライブハウス、ホテルの3点を移動したのみ。翌日早朝にはもう羽田行きの飛行機に乗っていた。絶対もう一度行きたい。 2月25日○棋士の話(ヒジョーにマニアックな話です) 囲碁の仕事で熊本に行ってきた。読売新聞主催の棋聖戦の取材。棋士序列一位と賞金4200万円をかけた七番勝負の第四局だ。ここまで三連勝していた山下敬吾挑戦者が一気にケリをつけ、羽根直樹棋聖からタイトルを二年ぶりに奪い返した。(観戦記は、3月2日から15日まで読売新聞に掲載しているので、興味のある方はご覧ください。朝刊の株式のページあたりに載っています) さて、2日かけての対局が終わった晩の様子をご紹介しよう。食事も終え、関係者たちは通称「娯楽室」に集まっている。山下新棋聖は自室に引き上げており、その晩は眠れるはずもない羽根九段は、読売新聞社の人や若い棋士と雀卓を囲んでいる。そのかたわらで、今回NHK解説役だった石田芳夫九段と、新聞解説役の片岡聡九段が、「ヨセ」の勉強を始めた。(注:「ヨセ」というのは、囲碁のゲームの中の終盤の打ち方の呼び名です)棋士たちは、酒の肴もやっぱり「囲碁」なのだ。 囲碁は、布石を敷く段階(注:「布石」というのは、囲碁のゲームの中で序盤の打ち方の呼び名です)では、雲をつかむような未知の世界だが、ヨセになると、一手一手に何目(注:「目」は「もく」と読みます。陣取りゲームの囲碁では、陣地が1目でも多い方が勝ちです)の価値があるか計算ができる。例えば、この手を打つと、黒地(注:黒の陣地のこと)が1目増えて白地(注:白の陣地のこと)が1目減るから、2目の手。というように。これはまだわかる。ところが、ここからは私にもサッパリわけがわからなくなるのだが、黒が打ったあとに、白がその手に受けて打つ場合と、白が手を抜き、その箇所を部分的に続けて黒が打つ場合があると、それぞれの場合を足して2で割る計算をしたりする。それで、一手の価値が、「2目と4分の3」というような、分数になったりするのだ。 だいたい、分数が出てきた時点で、私はギブアップである。ところがプロはそうはいかない。ヨセになり、どの手から先に打っていくかは大問題。価値の大きな順に打たなければ、あっという間に逆転されてしまう。でも、対局中にいちいち「この手は何目の価値があり」と考えていては時間が足りないので、あらかじめ、実戦によくできる形については「3目と2分の1」とか「2目と4分の1」と覚えこんでしまうのだ。これを自作の「閻魔帳」につけている棋士もいる。 さてさて、そういうわけで、石田九段と片岡九段が、「ヨセ」の勉強を始めている。 石田芳夫九段は、22歳のときに史上最年少で「本因坊」(注:囲碁の三大タイトルの一つ)をとった棋士。計算が早くて正確で「コンピュータ」の異名をもつ。片岡聡九段は、石田九段より10歳若く、棋風がやや似ており、10歳若い「コンピュータ」ともいえる棋士。 それで、二人のコンピュータが、「ヨセの計算」を始めたのだが、二人とも酔っているからなかなか答えが出ない。さっきから「ちょっと待てよ。ここにまず白が打つだろ」と何回も同じことを繰り返している。笑ったら申し訳ないので、すましていると、石田九段はヒョイと顔を上げて私を見て「これはね。計算すれば、すぐに出る数字なんだよ」と言う。でも出ないのだ。「おかしいぞ、あとから打つ手の方が大きくなっちゃった」「そんなはずありませんよ」と延々と二人の会話が続く。そしてまた、石田九段が私に「これはね。計算すればすぐに出るんだよ」。でもやっぱりすぐには出ないのだ。やがて、そこいらに散らばっていた紙ナプキンに、数字を書き込み始める。「だから、これなら4分の1だろ…」。かくして、懸案の手は「4目と4分の3」(だったかな?)、その次に打つ手は「3目と4分の1」(だったかな?)という数字が算出された。自慢気な石田九段と片岡九段。 麻雀を見物していた工藤紀夫九段は「そんな計算しなくても済むように、そこまでに大差で勝っていたいな〜」。その声を聞きつけた羽根九段が「何の計算してたんですか?」そして、遠くから碁盤を見て「ああ。それ、4目と4分の3ですよね」。ナンダ知ってたの? でもみな酔っていたから、羽根九段の声を聞いていたのは私だけだったかもしれない。
2月×日 さてさて、(長い時間が流れてしまいましたが)舞台裏秘話(?)を。 さて、いつものように(?)クラスメイト3人で遊んでいると、遠くからジッと見つめられている視線を感じました。視線の主は多田さんです。が、どう見てもクラスメイトの「庄司さん」にしか見えません。(「庄司さん」というのは、「もーちゃん」と「びーちゃん」が作品の中で「この人」と呼んでいた二人のうちの一人。その人の名前を、笠さんと私は「庄司さん」と決めていました)「あれ? あそこにいるの、庄司さんじゃない?」と騒ぎ出すクラスメイト3人。すると多田さんは、「庄司さん」になりきって「猫飼ってる?」と聞いてくるではありませんか。そのオシャマな様子や、余裕と自信にあふれる笑みや、笑顔の奥に潜む残忍さは、もう「庄司さん」以外の何者でもなく、私たち3人は「きゃー。本物の庄司さんが来たー」と悲鳴をあげて散り散りに逃げ出したものでした。ほんと、こわかった。
10月×日 世田谷@スクール公演が無事千秋楽。その後、たまっていた仕事を片付け、それからしばしダウン。そして、本日から伊藤多恵さんが7年ぶりに再結成したダンスシアター「他動式」の稽古場に向かう。私は音響オペを担当することになっている。詳細は、ニュースのページをご覧ください。 かもねぎショットの栗栖、研修生の井草、恩田の三名が参加しているワークショップの発表会を見学に行く。ワーク講師は多田慶子さん。テキストには過去のかもねぎ作品の戯曲を使っており、その意味でも興味深い。過程に立ち合っていないので、発表だけ見ても実のある感想は言えないのだが、ともかくも熱心にいい顔をして取り組んでいた三名に心打たれる。 世田谷@スクール公演が、二度の公開ゲネを経て、いよいよ小学校での本番スタート。まだ数校回っただけだが、学校、学年によって、全く生徒の反応が違うのが興味深い。育った地域のせいなのか、担任の先生のせいなのか、あるいは影響力の強いクラスメイトのせいなのか。やんちゃに笑いころげる5年生のクラスもあれば、引っ込み思案で大人しい3年生のクラスもある。おそらく問題児なのであろう男の子が、教室を脱走した後に公演場所である体育館に逃げ込んできたこともあった。男の子は、二階の回廊にかけ上がると、追いかけてきた先生が探しあぐねている間、二階からずっと観劇していた。やがて「お兄さん。僕はここです!」と自ら探し出してくれ発言。続いて「僕なんか生きていたってしょうがないんだ。だから死んだほうがいいんだ」とカツゼツのよいはきはきした声で言い、カーテンに隠れた。一階で演じられていたのが、ちょうど「葬列」のシーンだったこともあり、妙に空間になじんで違和感がなかった。と、私はそんな風に呑気にしていられるけど、小学校の先生は大変だなあ、とつくづく思う。 なかなか寝つけないので、本棚に手を伸ばした。何年か前の公演で小道具のカバンが倒れないように「重石」代わりに買った、「とにかく分厚い文庫本」数冊のうちの一冊だ。そういうわけだから、厚い。最初にページ数を確認すると800ページ以上もあった。「ほお」と思う。読書のためなら恐らく買うこともなかった本。だが、本屋さんと今晩、二度手にとったのも何かの縁、ということで読み始めた。ヤクザの推理小説だった。舞台は北朝鮮に始まり大阪に移動して中国は北京へ。主人公たちは北京でレストランに入る。と、その描写を2行ほど読んだところで「あ。この店は知ってるぞ!」と思った。私は今年1月、囲碁の仕事で北京に行ったのだが、そのとき連れていってもらった店にそっくりだ。そこは「北京ダック」がおすすめ料理だったが、私たちは何より「さそり」のからあげを珍しがった。案の定、主人公たちも「さそり」のからあげを注文。もう間違いなかった。そうすると、単純なもので、俄然この小説が好きになった。そうして、一気に読んでしまったのでした。 腰を痛めて動けなくなってしまった母に代わって、病院に薬を取りに行った。大病院というのは、薬一つもらうにも待ち時間が長い。そこで、私はひそやかに病院内をきょろきょろしてみた。すると、廊下の端の方で壁に向いてコソコソしている二人連れがいる。男性は車椅子に乗り、その傍らで女性がかいがいしく世話をやいている。なぜコソコソしているのだろう? と思い、さりげなく近づいてみた。すると、車椅子の男性の右腕を消毒しているようなのだが、そのむき出された腕には見事なイレズミが彫られていた。男性は消毒を終えるとそそくさと袖をおろしてから、こんどは左腕の袖口のボタンをはずしにかかっている。ハハーン、と思い、改めて男性の服装に目をやる。すると、テカテカ光った白いワイシャツには、胸から肩にかけて細かい柄の生地がはられている。そのお洒落のセンスは、ある職種に独特なものだ。さらに左腕のイレズミが現れてからは確信を持って、私はもう少し近寄ってみることにした。女性はTシャツにGパン。髪はざっくりと束ねられている。細身の長身を腰から二つに折り、男性があれこれ出す指示の全てに応じてせっせと世話を焼いている。きっと日々大変な苦労を強いられているに違いない。やつれはてたうえに顔には苦労じわが刻まれているに違いない。そう思いながら、女性の顔が見える位置にまで回り込んだときだった。男性が何か冗談を言ったらしく女性が笑った。その笑顔を目にして、私はハッとさせられた。屈託のない、思わずつられて笑みをこぼしてしまうほど幸せな笑顔だったのだ。私は自分の偏見を心から反省してその場を立ち去った。
「ロシアと20人の女たち」が終わった翌々日から、世田谷パブリックシアター主催、@スクール公演の稽古に参加。演出は伊藤多恵さんで、私は脚本を担当する。「打ち合わせ」のため、稽古前に伊藤さんと喫茶店で落ち合うのだが、最初の1時間は「ロシア〜」の話に終始してしまう。いけないいけない、と思いながら、そうはいえども機械じゃあるまいしそう簡単に頭の中は切り替わったりしない、とも思う。ホント、全然切り替わらない。 「ああ、このままでは夏が終わってしまう、なんとしても夏らしい遊びをしなければ」とあせっていたところに、Tさんからお誘いがあった。「ハイキングに行こう」と言う。実は、私は「ハイキング」なるものは、Tさんに誘われなければ、たぶん絶対に行かない。行けば必ず「行ってよかった」と心から思うのだが、そのくせ、自らすすんではやはり行かない。 9月×日 世田谷の@スクール公演の脚本を、「未完成台本」という形でおしまいまで書いた。実はもう本番まであまり日がない。稽古も毎日あるわけではないから、出演者はかなり大変だ。(他人事のように、書いてしまった)@スクール公演というのは、世田谷区立の小学校、中学校を回るのだが、そういう仕事は、私はほとんど初めてといってよく、いったい本番がどうなるものか予想が半分以上はずれる気もする。でも、はずれない気もする。(生徒参加型の作品なので、ト書きには「ここで、生徒から返事があった場合は〜〜。ない場合は〜〜」と枝葉がいっぱい加わった台本だ)
9月×日
8月6日
今回は、稽古場日誌をつけるのがムズカシイ。書きたいことは山ほどあるのに、本番まで内緒にしておきたいことがほとんどなのだ。
10月9日 NEW!! 4月14日
■栗栖 美について考える
■今日は私がアルバイトをしている築地の
3月25日○ダンサーチームの稽古
今日は『新編サークルダンス』の内部通称「ダンサーチーム」の2度目の稽古。『新編』では、ダンスシーンも新たな振付となるが、一応初演時の「思い出し」稽古からスタートしている。「えー、忘れちゃったな〜」と言いながらも、ビデオを1、2回見ると、もう完璧に思い出している。「そうそう。こんなんだった」「体が覚えてるね」とアッケラカンとしている。恐るべしダンサー。
3月×日○ハワイに住む友人(1)
ハワイに行く前日、私は古い電話帳を引っ張り出した。この電話帳の存在をすっかり忘れていたのだ。ふいに思い出してページをめくる。探し当てた先の番号は、母の字で書き直されてあった。「やっぱりそうか。電話番号は変わってたんだ!」。大きく深呼吸をして、受話器を手にとった。ほぼ25年ぶりに、かつて親友だった美紀ちゃんの実家にかけるべく。
3月21日○MANA Slaypnile(マナスレイプニル)
稽古を終えた後、深夜放送の取材で東京FMに向かう。高知で取材したロックバンドが、今度は上京してラジオ番組に生出演するのだ。バンド名は、MANA
Slaypnile(マナスレイプニル)。MANA
は、ハワイの言葉で「自然」、Slaypnileは、スペルは造語だが北欧神話に出てくる八本足の馬の神様。ボーダフォンと東京FM共催のスーパーオーディションに全国から800以上ものバンドが応募し、その中でグランプリを受賞した。
本日は、『新編サークルダンス』の内部通称「芝居チーム」の稽古初日。初演から2年がたち、リメイクにあたって、演出の伊藤さんから最も改良を命じられているのが、この「芝居チーム」が引き受けるシーンだ。(正確には「命じられている」のはテキスト担当の私)「とにかく山ほどエチュードをするように」という命を受け、さっそく山ほど(?)のエチュードと山ほど(?)の宿題を課す。
囲碁番組の収録のお手伝いにNHKに行ってきた。江戸時代に実在した150年に1人と言われる天才棋士「本因坊秀策」の特集番組で、いわゆる「再現ドラマ」に登場する俳優さんたちに碁石の持ち方、打ち方を指導したり、碁盤に正しく石を並べたりする仕事だ。(放映は5月6日昼すぎの予定。興味のある方はご覧ください)朝9時半から深夜12時半までと長ちょうばだったけど、いろいろ楽しい一日ではあった。
『新編サークルダンス』の稽古初日! といっても全員集合はまだまだ先。
「ごめん」と言いながら路面電車が走ってきた。「後免」という地名があると運転手さん。「でも、平仮名で書いてあると…」とここまでは聞き取れたもののその後の土佐弁はやっぱり全くわからない。カメラを手に待ち構え、次に「ごめん」と言いながら走ってきた路面電車にシャッターをきる。ピンボケだけど。なぜか「後免」はいつも平仮名で、「ごめん片山眼科」という看板もあった。謝られてもな〜と思う。(本当にそう思ったわけじゃなくて)


すっかり長い時間が流れてしまいましたが…
2月新春増刊公演『あの家』は、おかげさまで好評のうちに無事千秋楽を迎えることができました。スタッフ・キャストの皆様、ご協力いただいた皆々様、そして、寒い中ご来場いただいた観客の皆様に、改めて、心より厚く厚くお礼申しあげます。
@初日の開演前の楽屋にて
今回の劇場、テルプシコールは、楽屋が舞台の奥にあるのですが、とても狭いうえに、一度中に入ったら舞台上以外に出口がありません。そこで、ロビーに2つ目の楽屋をしつらえて、3本立ての2本目、3本目に登場する人々はロビー楽屋に待機(前の作品の上演中、出口のない楽屋で息を潜めているのはつらいですから)し、舞台奥の楽屋には笠さんと私だけが潜むことになりました。初日。いよいよ開場時間。あとは15分後の開演を待つばかり。思えば、私は、今回ほどたくさん台詞をしゃべるのは久々です。いや、少なくともかもねぎショットでは初体験。約30分の二人芝居で基本的に交互に話しているわけなので15分はしゃべっている計算になります。軽い気持ちで台詞のチェックを、と、冒頭の台詞をこっそり口にすると、笠さんはすぐに台詞を返してくれます。それで、次の台詞を口にすると、すぐさま笠さんが返してくれます。そうして止まらなくなり、早口でやりとりするうちに、たぶん10分かからなかったと思うのですが、とうとう最後までいってしまいました。「ありゃ、もう一回やっちゃったね」「うん」。そういうわけで、初日、笠さんと私が出演した作品『もーちゃんとびーちゃん』は、ゲネと本番と秘密上演と計3回上演されたのでした。
Aほーちゃんと庄司さん
劇場入りしてから、「もーちゃん」役の笠さんと「びーちゃん」役の私がなんとなく打ち合わせをしていると、仲間に入りたいのか、たぶん入りたいのでしょう、小学生の雰囲気をかもし出しながら、吉村さんが近づいてきます。(ちなみに、「もーちゃん」と「びーちゃん」は小学生です)「あ。また、きたよ」と、びーちゃんがもーちゃんに耳打ちし、「あなた誰?」ともーちゃんが尋ねると、吉村さんは「私は『ほーちゃん』」。自称クラスメイトの「ほーちゃん」は、たびたび私たちの前に突然現れ、二人芝居(の稽古)を三人芝居に変容させては去っていきました。
さて、「他動式」の新作公演は、ダンサーたちがすごい。まず、黒沢美香。私が舞台に乗る人の中で今誰よりも素晴らしいと崇拝している人だ。三年ほど前癌になり「私の命は三年。太く短く生きる」と決めてから果敢にソロ活動も再開し、私は予定のかなう限り全ての公演に足を運んでいる。今月から来月にかけても、「他動式」を除いて3本観る。美香さんは、「他動式」前身の「ダンスプロダクション」にも出演していたが、他人から振り付けられることは滅多にしない。伊藤さん振付の黒沢美香さんは果たしてどんなことになるのだろうか。
吉沢恵さんも楽しみ。彼女に初めて会ったのは、15年ぐらい前のパリの稽古場だった。そのころ、私は「恥のかき捨てだい」と、伊藤さんの後を追ってパリのマレ地区にある稽古場に通っていたのだが、その稽古場にはいろいろな日本人が短期間通ってきていた。どの日本人にも興味を示さなかった伊藤さんが「あの人、動けるね」と私を利用して独り言を言ったので振り返ると、そこにいたのが、当時は名前も知らなかった恵さんだった。彼女はただ柔軟体操をしていただけなのだけど、どうして伊藤さんが「動ける」とわかったのか、今でも不思議です。その後「ダンスプロダクション」で恵さんに再会。今でも覚えているのは、場当たりのときのこと、私はそのときも音響オペを担当しており、一人ブースにいたわけですが、リズムもメロディもフレーズもよく把握できない現代音楽をかけていた。すると伊藤さんが恵さんに「客席から走ってきて、このフレーズのときに、そこにいて欲しいんだけど」と注文している。私が一人ブースで「あり得ないでしょう」と思っていたら、「もう一回最初から聞いてもいい?」と恵さん。伊藤さんは曲を決めていても稽古場ではその曲をかけないことが多い。なので、おそらく恵さんはその曲を生まれて二度目に聞いたはずなのだが、「じゃあ、やってみる」と走り始めた。客席からゆうに200メートルはある距離を全力疾走(走る姿がまた美しい)した後、指定された位置に指定されたフレーズでピタリと止まったのを目撃したとき、私は一人ブースで全身とり肌が立てていたものでした。
野和田絵理花さんは、かもねぎの『サークルダンス』にも出演していただいている。(来年5月には再演決定!)ファンだ。最近はまた「踊るのが楽しくてしかたない」そうで、脂がのりきっている。池田素子さんと公門美佳さんも『サークルダンス』に出演していただいているし、お二方には『ロシアと20人の女たち』にも登場願った。二人の魅力は、かもねぎの舞台を観ていただいた方には改めて語る必要もなかろうと思います。が、今回はなんといっても本領ますます発揮のダンス公演。思う存分彼女らのダンスを楽しめる。
若松智子さんは、完璧な人。容姿端麗。他の舞台を観にいったとき、そのあまりの美しさに、ここだけの話だが、他のダンサーは目に入らなかった。どうしても若松さんに目がいってしまったから。
松原佐紀子さんは、黒沢美香さんが「暗黒の人みたい」と絶賛。ちなみに暗黒舞踏の意味ではありません。「華やかな人が多い中で一人マイペース」(黒沢+吉沢+野和田の言葉をつぎはぎ)。
というわけで、今日から稽古場に通う日々を楽しみに、そしてもちろん本番を楽しみにしています。
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9月×日
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9月×日
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9月×日
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9月×日
8月×日
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8月×日
子供の頃、私の両親は、私を「ハイキング」に連れていったりはしなかった。私は、ハイキングに出かける友だちの家族を羨ましくみつめていたものだ。我が家といえば、京都や熱海や飛騨高山や天童へ、二人の祖母を連れて旅行に行くのがメインイベントであり、でも、その風流を堪能するには、私は子供すぎた。それから我が家といえば、よくよく来客があった。学生さんやら卒業生が「先生、先生」と父を訪ねてきたのであり、酒が入ると父はあちこちに電話をして、近所に住む別の卒業生やら母の親戚やらをさらに呼ぶので、狭い我が家は入りきれないぐらい人であふれた。たいてい夜通し騒がしく、つまり、「ハイキング」とは程遠い両親だったのだ。あれから、いつの間にか、私は当時の両親の年齢になっており、いつの間にか私も「ハイキング」と程遠い生活を送っている。
で、「ハイキング」である。
戸塚駅で待ち合わせ。改札口を出て、バスロータリーに向かう階段を降りていこうとすると、階段の下で「あかねちゃん」が手を振っている。ああ、かわいい。あかねちゃんはTさんの子で、親戚でも何でもないけれど、私は「叔母ばか」と呼ばれている。(小母ばかか?)あかねちゃんは、浴衣地の作務衣にビーチサンダルをはいて、小さな透明のリュックを背負っていた。リュックの中には、前の日に保育園の縁日で買ったというポップコーンが入っていた。バスを待つ間、お母さん(Tさん)は、あかねちゃんに「こんど山に行くときは、山用の運動靴が入る大きなリュックにしてね」と言っている。どうやら、あかねちゃんの運動靴はお母さんのリュックに入っているらしい。ちょっとだけ元気をそがれたあかねちゃん。そこで私は耳元で、「でも、そのリュック、ポップコーンは入るよね」とささやいた。するとあかねちゃんは、いたずらっぽい目でキラッと私を見上げ、ハスキーな声で言った。「うん。ポップコーンは百個入る」。ああ、あかねちゃんは、ポップコーンを一個、二個と数えるのだ。なんて可愛い。(叔母ばか)
バスに十数分乗り、降り立てば、もう「山」の入り口。最初の丘で、昼食をとることにする。あかねちゃんが家でバターをぬってきた丸パンに、キャベツの酢づけやカボチャサラダやソーセージをはさみ、いちごジャムにのぼってくるアリを退治しながら、あっという間に平らげる。食休みもなく、あかねちゃんが「亮ちゃん、リレーをしよう」とハスキーな声で言う。お母さんは弁当箱を洗ったりしているので、二人しかいないわけだが、私はすぐに走り始め、一番近くの木までダッシュしてその木を回り込んで戻り、あかねちゃんにタッチした。あかねちゃんも私と同じように木を回り込んで戻ってきて、私にタッチする。二人しかいないので、すぐ順番が回ってくる。そのうえ、エンドレスだ。さんざん「タッチ」を繰り返してからようやく、あかねちゃんが「白組の勝ちー」と言い、二人で万歳をした。
トンボを追いかけたりザリガニを探したりしながら、しばらく歩くと、昔の民家をそのまま保存してある場所があった。ボランティアの人たちが、わらでの草履づくりを教えてくれたり、竹馬や竹トンボがあって遊べたりする。民家の軒先には、小さなトウモロコシがズラーっと並べて干してあり、私は思わず「あかねちゃん! このトウモロコシで何をつくると思う? ポップコーンだよ!」と大声をあげてしまった。奥の民家の座敷にはあがりこむこともでき、私たちはそこにあったカルタで遊び始めた。「目の上のたんこぶ」とか「頭かくして尻かくさず」とかいうカルタだ。あかねちゃんが「ずる」を三回目にしたとき、いよいよTさんがおこった。「あかね。そういうことをするなら、これから、お母さんも亮ちゃんも本気を出すからね」あかねちゃんはコレを聞くと少しオジケヅイタ顔をしている。さらにTさんは「亮ちゃんは、本当はものすごくカルタが上手なんだから」と加えた。Tさんにそこまで言われては本気を出さないわけにはいかない。高校生のとき校内百人一首大会でならした私は、スポーツ百人一首の要領でカルタの札を飛ばしながら「本気」を出した。その後もTさんが、碁盤を見つけて「亮ちゃんは囲碁が強いんだよ」とか、竹馬を引っ張りだして「亮ちゃんは竹馬がうまいんだよ」とあかねちゃんに吹き込むたびに私はハッスルし、そのようにして、私の存在はあかねちゃんの中でどんどん神格化されていったのだった。(叔母バカ)ちなみにTさんは、私とあかねちゃんが竹トンボや駒回しに夢中になっている間中、その民家に「資料」として置いてあった日記帳を見つけ出し「ねえ、ねえ、あれ、本当に実在した人の日記帳だよ。公開しちゃっていいのかな。読んじゃっていいのかな」と私に一応尋ねにきた後は、ずーっとその「日記」に埋没していた。
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さて、出演者は、かもねぎ公演にも客演していただいている、山本光洋さん、公門美佳さん、松之木天辺さん。それから、楽器をなんでもこなす萩窓子さん、椿組の長嶺安奈さんの5名。パントマイム、ダンス、歌、楽器、しゃべり、と、それぞれ得意の芸で、子供たちをアッと驚かせようとしている。演出の伊藤多恵さんとは、「大人にはかなり面白い作品だよね」とこっそり話し合う。問題は、子供が面白いかどうかだ。でも、大人に面白くないものは、子供に見せてはいけないと思う。だから、自信をもって突き進もう。
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本日、荒通し。やや時間オーバー。でも、ほぼ予定どおり。盛り込み過ぎではないかと心配する声も聞かれたけれど、たぶん、大丈夫ではなかろうか?
2回公演無事終了。以下、アンケートからの抜粋です!
・没落貴族VS農民たちの場面が圧倒的におかしかった。だって、あんまり農民たちがぴったりなので。
⇒ この場面は、『復活』のひとこまを素材にしましたが、台詞は全て創作。稽古場でのエチュードから拾い集めたものです。
・うまくいえないのですが、これをロシアで上演したら、日本のことがよく伝わるような気がします。
⇒ 「富士びたい」や「いよー、日本一!」という台詞は伝わるかしら…?(笑)
・ロシアのいろいろ、歴史などの一部を知ることができた気がする。
・相変わらず微妙にシュールで不思議な間合いが可笑しい。
・状況とリンクさせてあるおもしろさと、予想のつかない発展部分があって面白かった。
・『三人姉妹』『罪と罰』『桜の園』などが取り上げられ、すごく上手に取り入れられていました。長年ロシア文学、文化を研究・翻訳してきたものとして、本当に嬉しかったです。これからも「ロシア物」ぜひ上演してください!
・「若いうちにしかできないことがある」ということは知っていたが、この芝居から「中年にならなければできないことがある」ことを知った。「中年」になることに希望を持った。
・大人の女性の鑑賞に堪えうる作品。
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8月3日
初日! 思い返せば怒涛のようなラストスパート一週間。いや、でも、今は思い返すことはやめて明日からのことを考えよう!初日乾杯にも大勢の方が残ってくださり嬉しい限り。かもねぎ作品は「賛否両論」のことが多いが、今日のところは「否」の声はあまり聞こえてこなかった。ということは…。いや、でも、今は評価を気にするより、舞台がもっとよくなることを考えよう!
さて、「当日パンフレットに、劇中に登場するロシアの物語の原本を紹介してほしい」という声をいただいたが、どうしたものか。「劇中のあれはこれが原作か、というように答合わせがしたい」というのだ。だけど、はじめにラインナップをお知らせしてしまうと、次は何が出てくるかな…という楽しみが失せてしまうし。…出典は、この公演が終わったら、HPに掲載することにしようかな。(はっきりと小説・戯曲などの原作から引用したシーンは、実は案外少ないです)
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8月4日
終演後、吉村さん(土岐峰さん役)が、観客の一人から「あなたのアナスタシアが本物だと思います!」と声をかけられたそうだ。吉村さんは、さぞ、たいそう嬉しかったことだろう。なにしろ稽古場では、相手役の笠さん以外、誰からも「本物」扱いしてもらったことがなかったのだから…。この声に励まされた明日からの土岐峰アナスタシアが楽しみだ。[●注:アナスタシアは、ロシア最後の皇帝ニコライ2世の四女。革命時に皇帝一家は全員銃殺されたが、アナスタシアだけが生き伸びたといわれている。その後、身分確認の裁判を起こしたが結局敗訴。皇帝の遺産目当てに何人もアナスタシアを名乗り出る者がいたという物語も多く語られている]
■ 2月23日
もえちゃんが「もと出しはないの?」と演出の伊藤さんに尋ねている。「もと出し」とは、いわゆる「ダメ出し」のこと。もえちゃんの造語だ。「『ダメ出し』って、言葉が嫌でしょ。もっとよくなるためにの『もっと』をつめて『もと出し』。こっちの方が絶対いいと思う」ともえちゃん。それは全くその通りだ。ということで、今日からかもねぎショットは「もと出し」を使うことになった。
● 大きいぞ!
今回のキャスト陣は、なんといっても背が高い。普段は「大きい人だよね」と観客から言われる多田さんが、小さく見える。事実、極小の高見と栗栖を除くと、身長160センチの多田さんと公門美佳ちゃんが、一番背が低いのだ。「それでだね、舞台が手狭で手狭で」とは演出の伊藤多恵さん。
● どれが好き?
「うろ覚えの童話」たちは、全部で10作。これをオムニバス(?)に構成しているのが、今回の作品だ。「どれが一番好き?」と、かもねぎ研修生の松本と森本に聞いてみる。と、二人とも、『赤い靴』だという。これを伊藤さんに伝えると「エエー!」と驚きの声をあげていた。もう一人研修生の藪内は『裸の王様』だという。これを聞いた伊藤さんは大笑い。ちなみに、美佳ちゃんは、初めて『幸福な王子』を観たとき大泣き。光洋さんは書き下ろしの『パレード』を気に入っているよう。宮島さんは『人魚姫』をみながらクフクフ笑い続けている。皆、それぞれだなあ。お客さんも、皆それぞれなのだろうなあ、と思う。
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■2月26日
前々から知っていたことだが、伊藤多恵は天才だと思う。「そうきたか!」「こうするか!」と驚かされることが、10や20ではない。あとは、役者がどう応えるか…!!!
衣裳の高橋このみさんが、それは見事(!)な衣裳を大きなトランクいっぱいに持ってきてくださった。ぜーんぶ手作りだ。贅沢! 「すごく楽しい!」とこのみさん。奇抜なアイデアも満載だ!
●秘話・その1
『王様の耳はロバの耳』に代わる文句をキャスト全員に募集した。「一等賞の文句を採用します!」と伊藤さん。皆、頭をひねりながら「王様の靴はあげ底」「王様の趣味は女装」「王様の髪はかつら」…。さて、見事一等賞に輝いたのは千葉さん。「変な人・千葉」は今公演も健在! その文句は、本番までお楽しみ。
●秘話・その2
『人魚姫』は、キャスト陣にそれぞれ知られざる葛藤があるようだ。もえちゃん(小山さん)は、観客からは絶対に見えない(!)吉村さんの動きに、どうしても吹き出しそうになってしまうという。タララン(多田さん)は、千葉さんの顔をじっと見ていると号泣したくなるという。クリ(栗栖)は「どうしたらいいんでしょう!」と日々頭を抱えていたことがあったが、どうやら乗り越えた。(かな?)
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■2月20日
本番まであと10日。
それにしても今日までの稽古のなんと波乱万丈だったことか。最大の敵は、「風邪」だった。大きく分類して4種類の「風邪」にキャストが次々と倒れた。インフルエンザ2名、嘔吐下痢系2名、高熱+のどの痛み3名、ウイルス系1名。ようやく、今日までに6名が復帰。一人稽古場に戻ってくるごとに、当たり前だが明るい気分になる。(当たり前だけど)
今回の童話集は9作品のオムニバス。15分ほどの長さから、一瞬に近い(!?)ものもある。
最初に書いたように「本番まで内緒にしておきたいことがほとんどなのだ」けど、ちょっとずつ披露してしまおう。
●熟年ダンサーズ
とあるシーンに登場する5名のキャストに、演出・構成・振付の伊藤さんが「熟年ダンサーズ」と命名した。伊藤さんは「熟年パワーが…」とあとが言葉にならないほど大笑いし、その後に続けて曰く「熟年パワーの中で、萌ちゃんも全然違和感がない。それと全く同じように、女の中に一人マツがいても全然違和感がない。ハハハハハ」。これを聞いて、「萌ちゃん」こと小山萌子さんは大喜び。「マツ」こと松之木天辺さんは複雑な表情だった。
●悩みの種
「金のガチョウ」というお話をご存知だろうか。要約すると「何を見ても笑わないお姫様が、金のガチョウに連なった行列を見て初めて笑う」というお話だ。というわけで、お姫様を笑わせようと次々と街の者が集まって芸を披露する。この中に一つ、どうにも可笑しくてたまらない芸(?!)があるのだ。笑わないお姫様が笑ってしまっては元も子もないわけだが、これをこらえるのはたいそう苦しいらしい。父親役の山本光洋さんに「なんだよ〜、一番笑ってたじゃな〜い」とからかわれることも。が、悩みの種とは他でもない、この「どうにも可笑しくてたまらない芸」を超える「ガチョウに連なった行列」を創らねばならないことだ。
●頭の中
ある日、萌ちゃんが、唐突にミョウチクリンな踊りを踊り始めた。カクカクしながらねじれていく。踊りながら萌ちゃんは「たららん(※多田慶子さん)の頭の中」と説明している。「たららんが、また迷路に入ったから。こんなかなと思って」とミョウチクリンな踊りを踊り続けながら説明を加えている。当人のたららんはといえば、ミョウチクリンな踊りをちらりと見て「フッ」と笑った後、何事もなかったかのように役づくり没頭時間に戻っていった。
●あだ名
えみりーこと吉村恵美子さんには、稽古場であっという間にあだ名がついた。ダンスシーンを見ながら、伊藤さんがずーっと笑っていて、何がおかしいのかと思ったら「吉村さんが、はり絵みたい」だって。そう言われてみれば、体が薄いから、「はり絵」がぺらぺら動いているように見える。というか、だんだんはり絵以外のものには見えなくなってしまった。吉村さんは心外な様子で、いちいち「そんなことありません」と反論するのが、なんだかまたはり絵にぴったりなのだ。
●人魚姫
「人魚姫」は、陸にあがって足をつけたものの、一歩足を踏み出すたびに血が吹き出るほどの痛みを覚える。と原作にあった気がする。ダンサーの千葉さんは日に日に、この「人魚姫」の歩行が上手になってゆく。つまり、痛そうなのだ。そうして、足の使い方をもてあましたりするのだ。
舞台上で、あまり目立たないような場面でも、ひそかに「足」と格闘している。稽古場からの帰り道、千葉さんは「私、なんだか普段もうまく歩けなくなってきちゃいました」と笑っていた。
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■1月10日
いよいよ、3月公演に向けて、本格始動。
<<うろ覚えの童話集のためのノート>>
子供の頃の『幸福な王子』の読後感は忘れられない。
金や宝石がすっかり剥ぎ取られ、ただの汚い灰色の塊になっている銅像の王子が、親友のツバメが足元で死んでいるのを知って涙を流す。ページをめくると、もう何もなかった。からだじゅうの血がいっぺんに逆流したかと思うほど驚いた。「これで終わり?そんなばかな」きっとページを一枚めくりそこねたんだと思い、次にはページとページがくっついちゃったんじゃないかと思い、何度も何度も最後のページを行き来したが、やはり、お話は終わっていた。頭の中が真っ白になる、という感覚を物心がついて初めて味わった。
ツバメを遣って、貧しい人々に自分の宝飾の全てを分け与えた王子が幸せだったなどと、幼い子供にわかるはずがなかった。宝石の目玉がくり抜かれた「穴」から流れる涙が貴いとも思わなかった。全く理解不能だった。
その後、周囲の人々に聞くところによると、「王子の流した涙が宝石にかわった」とか「王子の心臓とツバメが天国に運ばれた」とか、結末はいろいろなバージョンがあるらしい。それはともかく、私が童話に感謝するとしたら、あのときの読後感を今も生々しく感覚的に覚えているということだ。
三十数年たって、王子は幸せだったと思えるのかといえばそうでもない。当時の「理解不能」から「理解はできるが…」という程度に成長したということかもしれないが、実は「理解不能」の方が正解であるように思える。「理解はできるが」と成長を装うより、感覚的に味わったあの打ちのめされたショックの中で、まぎれもなく物語の本質を受け止めていたと思うからだ。
栗栖千尋 にWHAT'S NEW ?
○降板しました。
10月7日(土)に、新転位21の舞台を正式に降板しました。
山崎哲さんのおっしゃることを理解し舞台の成功にむけて努力する事が、私にはできないと判断したためです。
これまで、どの舞台でも「自分はだめだだめだ」と思いながらも、「何とかこの舞台に立ちたい」と稽古を積み本番を迎えてきました。
でも今回は、舞台に立つ理由が私には見つかりませんでした。こんな気持ちになったのは初めてです。
とり急ぎ、お世話になった方々、応援してくださった方々へのお詫びの気持ちも含め、ご報告まで。
今日の稽古場は大久保から徒歩15分のところ。大久保通りを歩いて行きます。
大久保にはおいしい食べ物がたくさんあります。大久保に行ったら必ず行く所があるのです。中国のお菓子がたくさん売っている日光商事新宿営業所。そこのピーナツケーキがものすごーくおいしいのです。めちゃくちゃあまい!!あとごまを水飴でギュッとしたお菓子。これもものすごくあまい。けどおいしい。
サークルダンスの稽古はハードに動くのであまいものがやたら食べたくなります。
今日も稽古に行く前、甘ーいお菓子を買いこんで稽古に行ったのです。
稽古前にダンサーの公門美佳さんは、大きな玄米おにぎりを2つ食べていました。ムフフ 今からいっぱい動くのだから、食べていいのよねー!
と心の中で美佳ちゃんに言って稽古にのぞんだのでした。
私の同居人はいつも出かける前30分位(以上かな?)
かけて念入りに化粧をしている。
昔、「なんで?」と聞いた事がある。今はどうだか知らないが、その時の答えは、「化粧をして自分を美しくする事で身がひきしまってテンションが上がり活動的になれる」のだそうだ・・・。
普段まったく化粧をしない私は、その言葉を聞いて、
「ふ〜ん。そんなもんかー」と思いつつも「なるほど、なるほど、その気持ちはなんとなく理解できるぞー。やはり外へ出て人とコミニュケーションを取るからには、美しくなる努力をしないと楽しくないかもなー」とも思った。
しかし今までずっとスッピンだったのに急にバッチリ化粧をする勇気もなく(誰も私の事を見ていないだろう、
と思ってもいるが変な自意識もある)今もまだスッピンで外出している。
このあいだもいつものようにスッピンでバイトに行きいつものように
レジを打っていたらお客様が「あっ!!」と言った。
「なんだ?」と思いお客を見るとお客が「いやぁー
今日はめがねかけてっから誰だかわかんなかったよー」
と言う。「私、毎日メガネかけてますけどぉー」と言うと
「またまたーぁ!!なに?きんがんなの?」と言う。
「いやまぁきんがんですけど…私ほんとメガネかけずにこの店入った事ないですよ」言うと「またまたぁー」
と言う。となりのお客様が見かねて「いやーいつも
姉さんメガネだよねー」と言ってくれた。
まったく築地の人はみんなテキトーだ…。買い物客は商品ばかり見て人の顔なんて見てないのよ…。
そうか、メガネかけてるかかけてないかもわからんくらいなんだから化粧してたかどうかなんてぜったいわかるハズがない!!ここらで思い切って化粧してバイトにいってみようかなと思ったが、そんな人の顔もあまりみんな見ない所とわかって化粧にチャレンジする女もかなしいかなーと思ったりして…。
でも化粧しない本当の理由は出勤前は化粧をする時間寝ていたいのよ私は。
すごいくいしん坊なのに朝ごはん食べる時間さえ
睡眠につかっているのよ!!
でもごはんはきちんと食べた方が良いですよね特に朝は。
あっ美について考えてたのにまた食べ物の話になって
しまった。でも本当に美を考えるなら食事の方も考えるべきよね。
という訳で今日もスッピンで働いたのでした。
(2005/06/20)
今日は私がアルバイトをしている築地のお祭りだった。このお祭りは半年に一回行われる。その名は半値市!!築地市場の各お店がお店の中の1つの商品を半値にするというものだ。
普段は玄人の多い築地だが今日は半値商品を求めて集まった一般の人たちで大にぎわいだ。ちなみに私がアルバイトしている北島商店では、梅干しが半値。普段は\1,180のものが\950というお買得ぶりで一日中大忙しだった。
私も仕事を終えると人混みの築地でおいしいものを買って帰った。まず最初に行ったのが「鳥藤」さん。ここは鳥肉専門店で、私のお気に入りはここのグリルドチキンという商品。これが\210でかなり食べごたえがあっておいしい。残念ながらこの商品は半値にはなっておらずいつもの値段で購入した。あとは焼き鳥を買い(これもいつもの値段、ただし土曜しかやっていない!!)そして半値になっていたかも肉の薫製を買って次の店へ。次の店ではすじこが通常1,000円のものがなんと半値の500円になっていたので購入。ちょっと買い過ぎかなと思ったが、同居人と食べるからいいやと思って帰宅。
帰ってすぐ同居人に「ジャーン」と言いながら買って来たすじこを見せると「あー私すじこ食べられないんだよねー。いくらも・・・」だって。少しテンションは下がったがグリルドチキン2枚と焼き鳥6本がある!!それを見せると「おいしそー」の一言。またまたテンションは上がり同居人がごはんを炊き私がおかずを作り昼食をとった。あっという間に築地で買った鳥達は胃袋へ。それでも満腹にならなかった私はごはんにすじこをのっけて食べていた。すると同居人は私をじーっと見て「すごく高カロリーだよ、くり、それ」と言った。うるせーわかってんだ高カロリーはでも食べたかったんだよーと私は「お腹いっぱいになった」と言ってグリルドチキンを半分残している同居人に心の中でさけんだ。お腹がいっぱいになった私はその後すぐに昼寝をしてしまった。そりゃー太るよね・・・。
築地にはおいしいものがたくさんあるので少しずつ皆様に紹介します。次回は「丸豊」というおにぎり屋さん。
私はここのあなごのおむすびが好きです。詳しくは次回に・・・。それではまた。
(2005/05/18)