大瀧さんへのお詫びと訂正



大瀧さんにメールを出してその反応がないのをそういうものだと思っていたら、全くの私の怠慢、何と、かの「ナイアガラ観光船」の観光地ガイドの7番目にご紹介して戴いていたのでした。2月2日の日付ですからメールを出してすぐにあのように、ご丁寧に取り上げて戴いて、光栄というか、事件というか、身の引き締まる思いでした。先ずはこの場を借りてお礼を申し上げます。師匠殿、ありがとうございました。何度も何度も繰り返し読んでその喜びをかみしめています。

その中で、わざわざ御大の昔の写真まで載せて戴いて当時の思い出を語っておられた「BAY-AREA FIRST CONCERT」の件についてどうしても修正のご報告をしておかなくてはと思い、このページを作りました。(ですからこのページは公開返信という性格のものです。)

あのコンサートはご本人も言っておられるように、シュガー・ベイブは出ておりませんでした。謝して訂正いたします。シュガー・ベイブはその前('74.11.6)の新宿厚生年金小ホールでの「小坂忠・細野晴臣/再会・そして出発」というコンサートに出たのでした。或いはその後の75年3月29日の文京公会堂でのコンサートでの印象のようでした。人の記憶なんてあてにならないな、なんて他人事のように思ってしまいましたが、あんなにご丁寧にお応え戴いたのでは、この辺りのことをきちんとご報告しなければと思い、そう!当時確か日記をつけていたな、と思い出し、必死の思いで埃にまみれた古い日記帳をひっぱりだし、その記述を探してみました。あった!ありましたよ。まず74年の11月6日のコンサートについて。この文はそのまま載せるのは面映いので要約してみるとこうです。

・・・この時の出演者は小坂忠、細野晴臣の他、吉田美奈子、シュガー・ベイブ、ティン・パン・アレイ、伊藤銀次等が出ていたようです。細野さんは専らベース奏者に徹し、ボーカルの小坂忠氏が目だったコンサートだったようです。ティン・パン・アレイの中ではドラムスの林立夫氏のドラミングをさながらジム・ゴードンのようだ、と記述してありました。鈴木茂氏は参加していなかったようで、そのことを大変残念だとの感想もありました。この時、若き山下達郎氏を初めて見てびっくりしたのでしょう。その後の75年3月29日の文京公会堂での「Bay Area Concert スーパーロックジェネレーション」と題されたコンサートでの印象も強烈だったようです。

・・・入場に手間どり1時間半も待たされてトイレに困った、とか、この時のシュガー・ベイブにはココナッツ・バンクの伊藤銀次氏が加わっていた、とか、やはりBUMBUの林立夫のドラムがよかったと書いてあります。

さて肝心の2月11日のBAY-AREA FIRST CONCERTですが、その日は結構寒かったようで、開場まで1時間近く待たされて体の芯まで冷え切ってしまったと書いてあります。その後は原文のまま載せます。(すいません、敬称略です。)

・・・先ず林立夫のグループ、BUNBUがファンキーな演奏を披露。ボーカルがハーフ?(ジョー山崎)のせいか全部英語の歌。中にはBLACK BIRDなんてBEATLESのナンバーもあったが、これがすっかりアレンジされており、どちらかというとピンとこなかった。第2部のはじまりは大瀧、細野の司会まじき話しからはじまり、鈴木茂のグループ登場。茂のギターは赤(といってもややくすんだ)のストラトキャスターで一見古い名器のようなものであった。只、最初、PAが不調であったためか、キーンキーンとハウリングを起こすような箇所もあった。しかし、途中から金属バーを小指にはめ、ボトルネックを駆使し、ピックを使わない奏法はさすがと思わせるものがあった。たて続けに2、3曲、今度発売されるLPの中の曲をやった後、「氷雨月のスケッチ」や「明日あたりはきっと春」などのなじみのナンバーをメドレーでやった。そしてちょこっとではあったが細野、大瀧登場。「冬越え」と「びんぼう」をやった。大瀧という人はどこか人を引き付けるところがあるというのか、何か他のミュージシャンと格が違うという感じで、自然と会場がひとつになって手をたたき出した。それに反して細野という人はひょうひょうとして落ち着いており、何だか君たちは子供、僕は大人って感じだった。これに鈴木茂がギターで加わって、最後に「さよならアメリカ、さよならニッポン」をやった時は、はっぴいえんどという不世出のグループが甦ったような気になって嬉しかった。・・・

このように初めての印象が記録されていました。ついでに75年3月29日の文京公会堂での「Bay Area Concert スーパーロックジェネレーション」での大瀧氏の印象も原文のまま載せておきます。

・・・シュガー・ベイブ+ココナッツ・バンク、BUMBU、吉田美奈子、小坂忠と登場。小坂のバックの細野、鈴木、松任谷、林がやけに目だってみえた。でもこの時点で、まだ真打の大瀧の登場を前にして既に10時近い。会場内のマイクがもう終りだから席を立つようになんて促している。ばかにすんなよ、冗談じゃねーよ、と思っているところで鈴木茂のバンド(ハックルバック)登場。会場はやんわの拍手。でもそんな訳でせかされていたせいか割りと簡単にまとめて終り。そしてやっとココナッツ・バンク+シュガー・ベイブ+ゲストとして稲垣次郎のブラスを加えたバックを従えて、大瀧登場。これもじっくりやるという感じではなく、どこか世話しなく終る。それでも最後にアンコールとして「外はいい天気」をやった。大瀧は歌詞をアレンジして歌い、すごく人柄というか暖かさがにじみ出た歌であった。・・・

以上が当時を再現したものでした。思えばあの頃はこの手のコンサートをまめに行っていた時期で、言い訳になりますが、どれがどのコンサートかわからなくなってしまったようです。大瀧さんをはじめ、関係者の方にお詫びと生き証言をもってご挨拶に代えさせて戴きます。