1998年8月7日更新

初心者のための落語塾です。

『落語塾』というタイトルでお送りする極私的な落語の話題です。第2回目のテーマは「落語の構成」というものにしました。


落語の構成

さてちょっと間隔が空いてしまいましたが第2回目の本日は落語とはどういうものかという内容で私なりの解釈を極く簡単に語っていくことにしましょう。

そもそもどういうものを落語と称したかという話しは前回の歴史の項目で少し触れましたが、いわゆる落し噺しを落語というのでしょうからおちがある噺しという言い方ができるのでしょう。フランク・ザッパじゃない、おおざっぱにいうと落語の噺しには「まくら」といわれる導入部と「本文」といわれる会話・物語の部分と最後に「おち」或いは「さげ」といわれる要素があるものとされています。

まず「まくら」というものですが本題に入る前にする世間話しですとか、時事問題にからめて本題に繋ぐもっていき方とか、故事言い伝えを前振りにしたりするものをさすようです。この「まくら」だけで一冊の本ができるくらいですからどういう「まくら」を演じるかでその落語家の特徴であるとか、実力であるとかを判断する材料でもあるのです。しかし必ずしもまくらを最初に演じなくてもよいもので、いきなり本題に入る噺家もいます。気をつけなくてはならない点は前にやった人と噺が重ならないことで、これはその日の出し物を予め書いておくネタ帳というものが楽屋にあってそれをみてから高座へ上がるのが通例のようです。(ホール落語といって事前に出演者と演目が発表されている場合はこの限りではありません。)しかしかの志ん生師匠などはその辺はいい加減で、つい楽屋で将棋などに熱中しているとネタ帳を見ないで舞台に上がってしまうことがあったそうです。果たして前にやった噺をしてしまうと、舞台の袖から「師匠、それは前にやりました。」という声がかかりうまくやり直すのですがまたその噺が重なってしまったとのことです。しかしこの大師匠は少しも慌てず、「じゃ、ネタ帳、持ってこい」と言って周囲を笑わせたそうです。

この「まくら」を終始同じ切り口上で演る噺家もいます。(例えば有名なところでは春風亭柳昇という人は必ずこういうセリフで噺しに入っていきます。「えー、私が春風亭柳昇でございます。世の中大変広しといえども、春風亭柳昇といいますと、世界中で私一人でございまして…」と言って笑いをとったあと本題に入るというものです。談志師匠などはその日の気分で何を話すかを観客に聞いてから噺しを決めたりする即興を今だにやれる数少ない演者なので私は好きです。古くから有名なまくら噺しというのもあってこの部分だけで一席分ということもあるようです。

落語の「本文」とは一般的に会話で成り立つ物語の部分です。厳密な違いは分かりませんが、ある情景を説明する際、登場人物のセリフを通して描写する演出法が落語の基本です。これが一人芝居に近い演芸といわれる所以です。但し、「人情噺」「地噺」といったものはいわゆる講談に近い語りがメインの噺で、これらには落語の終わり方のパターンである「おち」などもない場合が多いようです。演者は複数の登場人物の描写を目線や声色、仕種、道具などで演じ分け、その演じ方が噺家の実力を判断するポイントともいえるのです。

古典落語というものは大体200から300位の数とされていますが、我々がよく聞くことのできる有名なものでは聞き手がその粗筋を知っている場合が多く、どう演じられるかという演出、味付けの部分を鑑賞するというのが一般的のようです。ですから私は新作より誰もが知っている古典の作品をいろいろな演者が違った解釈で演じ分けるのを比較して聞くのが楽しみでもあるのです。(尤もいろいろな楽しみ方がありますから、こういった鑑賞法以外にも落語の楽しみ方というのはあるのですが。また何が古典で何が新作かという区別もはっきり分かりませんが、大体古典落語は江戸から明治時代に作られ、作者が分かっていないものが多く、新作というものは髷ものから現代までを扱ったもので作者も分かっている場合が多いようです。)

丁度同じ曲を別のシンガーがカバーしたものと聞き比べる鑑賞法と似ているのですが、古典落語ではオリジナルの演者を聞くことはありませんのでオリジナルVSカバーものといった図式は成立しません。しかし例えば同じ「芝浜」という演目でも三木助師匠のものと志ん生師匠のものとでは随分趣が違って聞こえます。因みに私はこの噺に限っていうと三木助師匠の方が味わいがあって好きなのですが、どう同じ素材を料理するのかということがこの場合もポイントとなっています。

「本文」の説明からちょっとはずれてしまいましたが、落語(主に古典落語)の鑑賞法の一端についての記述となってしまいました。さて、この本文を締めくくるものが「おち」、「さげ」といわれるもので、これにはいろいろな分類があるようです。そもそも「おち」のある噺が落語ですからどう"落す"かが噺の面白味を形成しているのです。ある分類によりますと次の12種類の落ちを挙げています。

即ち、「考えおち」、「地口おち」、「回りおち」、「さかさおち」、「見立ておち」、「トントンおち」、はしごおち」、「仕込みおち」、「まぬけおち」、「しぐさおち」、「ぶっつけおち」、「とたんおち」というものです。(今村信雄『落語の世界』より)それぞれの説明は省きますが要はこれでこの噺はおしまいです、という代りの常套句として様々なパターンがあるということです。これを大変大袈裟に演る噺家もいれば、あっさりと締めくくる落語家もいます。これもそれぞれの演出方法ですからどれがいいというものでもないように思われます。

落語の題材はその内容から分類していろいろな分け方があるようですが、ここでは前座噺、与太郎噺という入門編に限って説明してみましょう。その前に落語家には相撲取りと同じようにランクがあって、前座、二つ目、真打という階級があることはご存じですよね。いわゆる見習い、弟子に当る落語家を前座さんといい、彼らが稽古よろしく高座でかける噺がこの前座噺なのです。しかしこの手の噺は前座しかやってはいけないというものではなく、二つ目でも真打でもやっても構わないものなのです。その特徴は初心者でも出来るように口慣らしとして決まったセリフを何度も繰り返すもの(「寿限無」や「金明竹」、「たらちね」)や登場人物の数が限られていて対話の形式がはっきりしているもの(「子ほめ」、「道潅」、「道具屋」)等があります。初心者向きといっても噺の構成がしっかりしているものが多く、先に述べた聴き比べという観点でも大変楽しめる題目でもあるのです。

与太郎噺というものも噺の主人公が与太郎という大変個性豊かな人物ということで分けられたもので、前座噺ともだぶります。与太郎という存在は一見馬鹿だ間抜けだと蔑まされていますが、落語の世界では大変重要な役所なのです。この間の抜けた個性には必ず世話好きの大家さんとか常識のあるおじさんなどが対比されて紹介されるのが常で、所謂反面教師的な役割を担っているのです。代表的なものには「かぼちゃ屋」とか「牛ほめ」、「孝行糖」、「鮑のし」等があります。

その他にも噺の内容で分類すると「長屋噺」や遊廓を題材にした「郭(くるわ)噺」「怪談噺」「大名噺」等々がありますが、私の本意は落語を分析することではないのでそういう分け方もあるというくらいに止めておきましょう。

本日は落語の構成というテーマで私なりの理解の一端をご紹介しましたので間違っているかもしれません。そうじゃない!とお憤りの方がおりましたら何なりとご指摘ください。ご批判には頭を丸めはしませんが鋭意お答えします。それでは最後に現在落語の鑑賞できる代表的な定席をご紹介しておきましょう。落語は何といってもライブが面白いと思っておりますので、機会があれば是非寄席に足をお運びください。



●東京の主な寄席●

浅草演芸ホール(355席)地下鉄銀座線田原町駅下車。年中無休。昼の部、夜の部、入替えなし。TEL:03-3841-6546

新宿末広亭(325席)JR新宿駅下車。年中無休。昼の部、夜の部、土日祝日のみ昼夜入替制。TEL:03-3351-2974

上野鈴本演芸場(300席)JR上野駅下車。年中無休。昼の部、夜の部、完全入替制。TEL:03-3834-5906

国立劇場演芸場(300席)地下鉄永田町駅下車。上席・中席同時開催だが1月、5月は上席はなし。TEL:03-3265-7411

池袋演芸場(92席)JR池袋駅下車。12月29日から31日まで休み。昼の部、夜の部、下席は昼夜入替制。TEL:3971-4545



さて、第2回目はいろいろ話題が飛んでまとまりのない話しになってしまいましたが、次回は落語の名人というテーマで歴代の名人たちを紹介してみる予定です。それではまた次回、お後がよろしいようで。


第1回目の『落語の歴史』はこちらです。尚、古い情報で恐縮ですがこれまでに古典落語の話題を取り上げたものはこちらにまとめてあります。よろしかったらこちらもご覧ください。


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