ムーンライダーズとともに四半世紀!

The oldest Japanese Rock Band is MOONRIDERS.

= This special issue is dedicated to my best girl friend. =


ムーンライダーズ
Moonriders


それではライダーズのアルバムを時代順にご紹介しましょう。但し、アナログ盤のLPに限ってのレビューとなり、CD盤は次回の紹介となりますので、初期のもののみとなることをお断わりしておきます。尚、メンバーの紹介は別のページに載っています。初めて名前を聞く方はご参考にしてください。ではどうぞ、ごゆっくりお楽しみください。


火の玉ボーイ(76年)
すべてはこのレコードから始まった。何の気なしに購入した一枚がかくも長い期間引きずることになるとは全く予想していなかったです。「あの娘のラブレター」から「スカンピン」「酔どれダンス・ミュージック」へと続くCITY BOY SIDEはすりへる程聴いています。特に「ウエディング・ソング」はテープにとって何百回と聴いていますが、肝心の自分の結婚式の際にかけられなかったのが一生の不覚でした。HARBOR BOY SIDEの「地中海地方の天気予報」ではAORの元祖、ボズ・スキャッグスの先を行くイントロに出会えます。



ムーンライダーズ(77年)
1作目は慶一氏のソロという印象でしたが、それに比べ2作目はメンバー全体の合作というイメージが強いアルバム。何だかザ・バンドを思い浮かべてしまう全員作品が書けるグループという印象を持った作品。このアルバムまでリード・ギターは椎名和夫という人(最近まで山下達郎のバック・ミュージシャンとして有名)が担当。サウンド的にはヨーロッパ志向の強いアルバム。2曲目の「独逸兵のように」は長い間、個人的なクリスマス・ソングスの常連曲として輝いていました。



イスタンブール・マンボ(77年)
ヨーロッパ志向から中近東、ロシアまで広がる大陸志向のサウンドに変身して一回り大きくなったアルバム。当時の日本のバンドの多くがアメリカ志向だったのに比べ、このグループの特異性を示した作品でもあります。ギターリストに白井良明氏が加わって、更にパワーアップした音作りが展開されています。極私的には「週末の恋人」「ブラディマリー」(共に岡田氏の作曲)がお気に入りです。



ヌーベル・バーグ(78年)
リード・ボーカルを鈴木慶一氏が全曲担当することになって、一段と聴きやすくなったアルバム。この第4作にしてもはや完全に彼等の虜となってしまった。だから第一作目の次によく聴いています。ジャケットがちょっといただけないものですが、「ドッグ・ソング」「アニメーション・ヒーロー」「マイ・ネーム・イズ・ジャック」(最近、マンフレッド・マンのオリジナルとジョン・サイモンのヴァージョンを聴くことができました。)「スタジオ・ミュージシャン」「トラベシア」といい曲が目白押しで大変質の高いアルバムです。



モダーン・ミュージック(79年)
コンサートでもその傾向がでてきたように、この頃のライダーズはディヴィッド・ボウイやブライアン・イーノといったアーチストの影響か、テクノというかニューウェーブ色の強いサウンドを展開、一段と凝った音作りの段階に入ります。その反面やや暗さや理屈っぼさが残る曲もあり、時代を先取りしていく姿勢がこのグループを特異の存在にしているような気がします。決して現状に留まらない姿勢がいいですね。



カメラ=万年筆(80年)
映画、なかでもヨーロッパ映画の過去の名作の題名を全て曲のタイトルにもってきたアルバム。ライダーズと映画は、これ以前より切っても切れない重要な要素であり、リスナーの好みと重なって一種のフィルム・レビューのような曲構成となっています。語尾を上げて歌う歌唱法がいやでもあり、楽しくもあり変に癖になって何度も聴いてしまうアルバムです。



青空百景(82年)
前作とこのアルバムの間に彼等初のベスト・アルバム『東京一は日本一』というものがあるのですが、このアルバムは個人的な思い出抜きでは語れません。このアルバムを買った頃に私は一人の親友を亡くしています。丁度季節は秋で、この中の「青空のマリー」をかけると、その頃の状況が甦ってきて今でも悲しい気分にさせられます。そんな思い出とセットになったノスタルジックな一枚がこのアルバムです。



AMATEUR ACADEMY(84年)
「30AGE」という曲があるように、このアルバムはメンバーの多くが30才を超えたところで作られたものようです。そこで何だか総括的なサウンドになっているような気がします。タイトルを全てアルファベットで統一したり、プロデューサーに宮田茂樹氏(大貫妙子などのプロデューサーとして有名な方ですが現在どうしているのでしょう)を迎えたりして、実験的な色合いの濃いものとなっています。






以上、LP盤を中心に8枚のみを挙げてみました。それ以外に一枚だけ例外でCD盤を載せます。それ以後の作品群は次のページにジャケットのみの紹介としておきましょう。

MANIA MANIERA(82年)
このCDには深い思い入れがあります。82年発表にもかかわらず、当時うちにはCDプレーヤーがなく、CDのみの発売のこの盤を聴くことができませんでした。仕方ないので、その後しばらくして出版されたカセット・ブックに収められていたカセット・テープで初めてそのサウンドを体験したのです。しかししばらくはピンとこないでいました。ある日、その頃ゴルフをやり始めたばかりで、安いパブリックのゴルフ場ばかりへ行っていた頃、都民ゴルフという河川敷のコースへ行ってその周囲の風景を見ていたら、何とこの中の「工場と微笑み」のフレーズが突然浮かんできたのです。それ以来、このCD盤も手に入れ、しつこく聴くようになったものです。早すぎた名作です。



その他のCD盤リスト(ジャケット写真のみですが)