2008年5月5日

『しとやかな獣』


(感想文)川島雄三という監督に興味を持ったのは、寺山修司の作詞で「だいせんじがけだらなよさ」というおまじないのような歌(確かカルメン・マキかだれかが歌っていたように記憶しています)があってそれが「サヨナラだけが人生だ」の反対読みで、しかも川島雄三という映画監督の墓碑に記された文句だと知ったからでした。何でも原典は井伏鱒二の『厄除け詩集』からとったもので、<花に嵐のたとえもあるぞ、サヨナラだけが人生だ>と続くフレーズなのです。この文句が川島雄三とセットになって事ある毎に口をついて出てきたのでした。

 その後、その井伏鱒二原作の喜劇『貸間あり』や昔の遊郭の入り口が舞台となった『州崎パラダイス赤信号』、水上勉原作の『雁の寺』等を観てインパクトのある監督だなと思い、一番有名な『幕末太陽伝』を観るに至り、これは凄い日本映画だなと思いそれ以来密かに胸にしまっておく映画監督となりました。ただ駄作も多いと聞いていたので全作品を追うまでには至らなかったのですが、今回たまたまDVDで借りてきた『しとやかな獣』を鑑賞して、これは一言感想を残しておこうと思い、このコーナーを復活更新してみた訳なのです。

先ずそのストーリーですが、エレベータのない質素な公団住宅に住む元海軍中佐の父親(伊藤雄之助)とその妻(山岡久乃)、その息子(川畑愛光)、娘(浜田ゆう子)の家族が中心人物となります。この息子、実が勤める芸能プロの社長(高松英郎)と所属歌手(小沢昭一)、それに会計担当係(若尾あや子)がこのアパートを訪れ実の使い込みを叱責するところから始まります。そのクレームに丁寧に対応する夫婦でしたが、実はこの親も子供から金を譲り受け裕福な暮らしをしているとんでもない夫婦で、おまけに娘にも作家(山茶花究)の愛人をさせ、寸借詐欺を繰り返している詐欺一家なのでした。ところがそんな悪を絵に描いたような家族をも騙していたのが芸能プロの女会計係で、その美貌を売りに息子の実をはじめとして社長、税理士をも騙し、自分の旅館の開業資金にしていたのでした。そんな金欲と色欲の乱れる展開を「公団住宅」という限られた場所を舞台に人間の悪の性(さが)を時にユーモラスに描いてみせた傑作が本作でした。

感心したのはその映画的手法で、長い階段と2DKの家の中しか出てこないカットが最後まで続き、それが効果的に展開するところでした。いわば密室劇のような描き方が映画という枠を超えて抑制の利いた画面をもたらしていたように思えました。狭い団地の一室を縫うように動き回るカメラ・ワークも見事で、赤い夕焼けをバックにこの息子と娘が狂ったように踊るシーンや居留守を使う息子、娘をかばう両親の表情などが大変うまく描かれていました。

物語は高度成長期に金欲に群がる人間の本性がテーマとなっているのですが、それは原作・脚本を担当した新藤兼人(後に名監督となる)の色調が出ていたのではないかと思われますが、川島雄三という監督の表現方法がよく出ていて代表作と言ってもよい位の評価をしたい作品でした。主演の若尾あや子の妖艶な演技も『雁の寺』にも勝るとも劣らないもので、さらにその上に悪の権化が加わったよ うな冷徹な役柄をうまく演じていたように思えました。またとぼけた応対で善人を装う伊藤雄之助と山岡久乃の夫婦の演技がサイコーで、地味な生活に見せかけて、実は贅沢な絵画を保有していたり、サイフォン・コーヒーを入れながら悠々自適な生活を送っている老夫婦が一番悪玉のような気もしました。川島作品には決まって登場する小沢昭一も変な2世歌手の役で怪演しており、借金取り立てのミヤコ蝶々なども印象的でした。つまり登場人物が限られており、それも演劇的な印象を強く持った要因でもありました。あるいは人物の描写が平等で、ロバート・アルトマンの傑作『ナッシュビル』にも匹敵する演出方法だとも思いました。とにかく日本映画でここまで実験的な作品が昭和40年代に作られていたことに改めて驚いてしまうのです。

まだまだ川島作品にはハッとさせられるものが残っている予感がして今後、機会があればその未見作品を逐一チェックしてみたくなりました。



川島雄三監督、1962年大映東京作品。
企画:米田治、三熊将陣、原作/脚本:新藤兼人、撮影:宗川信夫、音楽:池野成、助監督:湯浅憲明 出演:若尾文子、伊藤雄之助、山岡久乃、川畑愛光、浜田ゆう子、高松英郎、小沢昭一、船越英二、山茶花究、ミヤコ蝶々。
TSUTAYAにてDVDで。



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