2002年11月30日

『ゴスフォード・パーク』原題(Gosford Park)


(感想文)不覚にもロバート・アルトマン監督の新作が公開されているの知らずにしばらく過ごしてしまいました。いつもならいの一番に観にいくはずだっだのに、そんな出遅れた鑑賞であったにもかかわらず満員の観客にはちょっと驚いてしまいました。

さて、この物語ですがきちんと紹介するのはいささか複雑で困難です。何しろいつものアルトマン・サーガに加えて今回はパーティに招待された上層階級の人達とそのサービスを担当する従者などの下層階級の人達がいろいろ組合わせを変えて登場するのですから一筋縄ではいかないのです。ちょっと訳の分からない表記になってしまいそうですが、でもやってみましょう。

舞台は1930年代のイギリス郊外に建っているゴスフォード・パークというある貴族の邸宅。その主であるウィリアム・マッコードル卿(マイケル・ガンボン)とその夫人シルビア(クリスティン・スコット=トーマス)の主催するプライベイト・パーティに集う人々とそのお付きの人達、使用人たちを中心に例によってアルトマン手法ともなっている相関関係を駆使して様々なカップリングを配していくという展開です。

冒頭にキャノピィ付きの車で雨の中、繰り出すシルビアの伯母にあたるトレンサム伯爵夫人とその従者(ケリー・マクドナルド)の対比から既にこの監督の人物描写の特徴が出ていると思いました。それは降りしきる雨の中、伯爵夫人が従者にポットの蓋を取ってもらうためわざわざ車を降りるように命じるあたりは1930年代のイギリスの封建的な主従関係をいやというほど提示しており、この物語のバックグラウンドを観客に植え付けるのに成功しているように思えました。またその車を追い越していくウィリアム卿の従兄弟にあたる実在のクルーナー歌手アイボア・ノベロとその友人のこれも実在のアメリカから来た映画プロデューサー、モリス・ワイズマン(ボブ・バラバン=この映画の共同製作者)の取り合わせも唯一のアメリカ人ゲストとイギリス人との違いを表現していて面白い取り合わせだな、と思いました。

パーティに招待されたのはシルヴィアにとっての妹夫妻となる2組のカップル(ウィリアムに新しい事業の資金を出させたいメレディス夫妻と戦争で片耳が聞こえないストックブリッジ卿夫妻)や身分の違う妻といつもいさかいの絶えないネスビットやシルヴィアの娘のイゾベルと財産目当てで結婚を考えているスタンディッシュ卿などがゲストとして呼ばれ、贅沢な食事と空疎な会話に華を咲かせるのでした。

一方、彼等の世話をするメイドや執事、従者は階下で忙しく働き、何らかの形で階上の貴族たちと関係を持つという構造になっています。一見従順そうにみえる執事ジェニングス(ずいぶん年をとってしまったアラン・ベイツ)や料理人長のミセス・クロフト、そのライバルとなっているメイド長のミセス・ウィルソン、それにマッコードル卿と関係が明かになってしまう中堅メイドのエルシー、従者頭のジョージなどが入り乱れ裏社会を形成しているのです。さらに実際にこの映画の中心的な存在となっているミス・トレンサム(従者は皆主人の名前でしか呼ばれない)こと、メアリーや、そのメアリーにアタックをかけてくるワイズマンの従者として付いてきたデントンというスコットランドなまりのある若者らが物語りを引っ張っていきます。しかしこのデントンという男が実はとんでもない者だったことが後で分かり更に複雑になっていくのですが、そのデントンと同じ部屋を割り当てられたミスター・ストックブリッジことロバート・バークスがまた謎の存在として登場します。最後はこの男がキー・パーソンになるのですが、こうしたいろいろな絡みは私がアルトマン作品でベストだと思っている同傾向の『ナッシュヴィル』よりも複雑な構造となっているように思えました。それは階層を分けたアイデアもさることながら、表の顔と裏の表情という二重の役割や不倫、密会、更には殺人事件というサスペンスを盛り込んだことも関係をより複雑にしている原因だと思いました。

そして最初の晩は何事もなく暮れていくのですが、翌朝キジ狩りが行われた中で、ちょっとした事件が起こってしまいます。銃が暴発したのか、誰かが狙ったのか、マッコードル卿の耳を銃弾がかすめたのです。その様子をこわごわ見物している狩猟の習慣のないアメリカ人、モリス・ワイズマンも面白い存在として描かれています。そのワイズマンが考想中の最新映画作は『チャーリー・チャンのロンドンの冒険』というもので、このストリーがカントリー・ハウスを舞台としたパーティの最中、殺人事件が起こるというものなのですが、その晩、まさにこの通りの事件が起きてしまうのです。ホスト役のウィリアム・マッコードル卿が何者かによって殺害されてしまうのです。その真相、犯人がまた複雑でここでは明かせないのですが、実に込み入った物語展開となっています。ここに登場するパーティ客は皆イギリスの貴族階級に属しており、従者を連れて車で乗り付けるという身分なのですが、それぞれにいろいろな問題を抱えており、それらが伏線となって殺人事件へと発展していくのです。

興味深い点はパーティの舞台となる屋敷の明の部分(上層階級)と暗の部分(下層階級)とが交錯して微妙なハーフ・トーンを形成していく過程がアルトマンの真骨頂だと思って観ていました。どうしてこの監督は一つのシーンで完結しない人物描写を好んで行うのだろうか、これは私がほぼ全作に付き合ってアルトマン中毒者となっている一番大きな関心事なのです。それはあたかも人は他人との関係によって性格も運命も変わっていて、独自の領域など存在しないとでも謳っているようでもあります。アルトマンの展開する映画空間はよくフォークナーやブロッホといった全体小説の世界と対比されますが、この作品も活字で語った方がインパクトがある運びとなっているようにも思えました。

ディーテイルで私が面白かったのはキジ狩猟から帰ってきた一行が外でランチを取る際にかかっていた蓄音機だとか、やけに沢山ある料理室のナイフの種類だったり、それぞれの招待客の乗りつけるクラッシック・カーだったり、当時の小道具が見事に配置されていて印象に残りました。またパーティの最中、歌手のノヴェロがピアノの前に座って歌い出すシーンも印象的でした。アイボア・ノヴェロの甘い歌声にうっとりと聴きほれるのは陰で聴いているダウン・ステアの人達で、カードをやりながら聴いている貴族たちは儀礼的に付き合っているようにも思えました。ちょうど今でいうとプライベイト・パーティの席に桑田佳祐のようなスターが生で歌っているのを台所で聴いているようなものでしょうか。そういった状況の作り方が大変うまい脚本だったと思います。蛇足ながらこの映画で歌われていた曲は実在した作曲家アイボア・ノヴェロによるもので、ノヴェロ役のジェレミー・ノーザムの歌声も大変魅力的でした。実際にピアノを演奏しているのはノーザムの実兄、クリストファーだと解説書には書いてありました。

ほかにもいろいろコメントしたくなるような仕掛けが随所に散りばめられており、1回だけではなかなかこの物語の真髄を味わえないと思いました。実は白状するとこの映画、短い間にもう一度観にいってしまったのです。(そういう観方はあの『アメリ』以来のことでした。)最近は記憶力も衰えてきたのでまぶたに焼き付けるシーンも数を重ねないと遠い記憶の彼方に埋もれてしまうようで、繰り返し体験する機会が増えているのです。それでもビデオやDVDを揃えて鑑賞する気にならないのはへそ曲がりの性格のなせる業でしょうか、やはり映画は映画館で見ないとダメだという堅い信念を持っているからです。

久し振りにアルトマンの語るに多い作品に接してやや饒舌になってしまいましたが、まだまだ書き足りない要素のある映画なのでこの駄文を読んで興味を持たれた方は是非恵比寿まで観に行ってください。もうすぐ終ってしまうかもしれませんので。


(スタッフ)監督:ロバート・アルトマン、脚本:ジュリアン・フェローズ、製作、原案:ロバート・アルトマン、ボブ・バラバン、撮影:アンドリュー・ダン、音楽:パトリック・ドイル、編集:ティム・スクワイアーズ、2001年イギリス作品。
(キャスト)ウィリアム・マッコードル:マイケル・ガンボン、シルビア・マッコードル:クリスティン・スコット=トーマス、コンスタント・トレンサム:マギー・スミス、レイモンド・ストックブリッジ:チャールズ・ダンス、ルイーザ・ストックブリッジ:ジェラルディン・ソマーヴィル、アイボア・ノヴェロ:ジェレミー・ノーザム、モリス・ワイズマン:ボブ・バラバン、メアリー・マキーシュラン:ケリー・マクドナルド、ロバート・バークス:クライブ・オーエン他多数。
2002年10月26日より恵比寿ガーデンシネマにて公開中。



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