2000年1月16日
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』
(感想文)この映画に対する関心は去年の暮れ、ある方からイブライム・フェレールのCDを紹介されて、更にライ・クーダーが参加している『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』というアルバムを聴いてから俄然キューバ音楽に興味を持ったのがきっかけでした。その後新聞でこのアルバムの映画が公開されると聞いてこれは是非観てみたいものだな、と思っていたのでした。
先ず映画の説明に入る前にそのアルバムを聴いて感じた印象から先に述べておきましょう。以前にも書いたのですが私がこのアルバムをかけていて、おや?と思った曲がありました。それはコンバイ・セグントという92才にもなる現役歌手の「オルグリェシダ」という歌でした。これはどこかで聞いたことのあるメロディでしたが直ぐに川畑文子の「いろあかり」というデビュー曲と同工異曲のものであることが判明しました。つまりこれらはいずれも古いジャズ・ソングをベースにした歌でどちらも大変味わいの深い歌となっているところが印象に残りました。そこでこのコンバイ・セグントの別のアルバムやイブライム・フェレールのCDにも手を出して最近はこれらばかりを聴いているという毎日なのです。
そんな入れ込みを抱えながらいの一番に見に行ったのですが、やはり早く観てよかったと思える程感動しました。最近はすっかり涙もろくなっていて、悲しいこと以外にも感動すると直ぐ泣いてしまう自分に気付きました。(ラストの感動的なカーネギー・ホールでの観客の鳴り止まない拍手に対し、映画館の中からも自然発生的に拍手が起こり、それも何かとてもいい雰囲気でした。)
1932年から62年までキューバの首都、ハバナにあった音楽やダンス、スポーツ、演劇等の社交場、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」をライ・クーダーとヴィム・ヴェンダーズによって再構築されたものがこの映画なのです。ヴィム・ヴェンダーズ監督といえば私が思い出すのは『東京画』というドキュメンタリー映画で、あれはヴェンダーズの小津へのオマージュ作品として高く評価しているものでした。今回このコンサート・ドキュメンタリーのような作品を観て先ず連想したことはあの『東京画』におけるヴェンダーズの視点で、同じようなカメラ・ワークと構成で全編が貫かれていました。それぞれのミュージシャンのインタビューを演奏にからめて紹介し、各プレーヤーの個性をうまく表現していたと思います。最初、サイド・カー付きのバイクに乗ってキューバの町中を走るライ・クーダーとヨアキム・クーダーの親子のショットもなかなか良かったです。また随所にミュージシャンたちの日常に音楽がいかに浸透しているかがみてとれるようなシークエンスを紹介していてそれもヴェンダースの視点に思えました。(例えばオマーラ・ボルトゥオンドというキューバを代表する女性シンガーが自分の歌を口づさみながらハバナの街を濶歩するシーンがあるのですが、そのヴォーカルに同調して一緒に附いてきて歌う一般のおばさんを写したり、ニューヨークへ凱旋コンサートで行った際、店のショー・ウィンドウにアメリカを代表する人物のミニチュア人形があって、それに説明を入れながら関心を示す老ミュージシャン等何気ない日常のシーンにも印象的なショットがありました。)
この映画は多分ヴェンダーズがライ・クーダーの情熱にほだされて関心を持つようになり、終いには自分もキューバン・ミュージックの虜になってしまった状況があったのでしょう。ライ・クーダーのそれまでの音楽性を考えてみるに、こういったソンのリズムや忘れられたミュージシャンとの出会いなどにインパクトがあったことは容易に検討のつくところなのですが、そういった通り一遍の評価をはるかに上回る影響力があったのでしょう。どの場面にも登場してくるライ・クーダーの表情、とりわけ眼差しが実に生き生きとしていて、今好きな音楽を偉大な連中と一緒にやっている喜びで満ちていました。息子の"グングン"ヨアキムもそんな父親に同化してすっかりキューバン・ミュージック、特にキューバのリズムに酔いしれている様が画面から伺われました。そう、このアメリカ人ミュージシャンたちをもってしてそれまで夢中にしてしまう要素のある音楽が「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の音楽なのです。
私だけでなくこの映画に感動した人なら先ず最初と最後にかかったセグントの歌う「チャン・チャン」の歌を聞いただけで幸せな気分になったことでしょう。この歌、癖になるというか<はまり>ますよね。いろいろなミュージシャンが出てくるのですが私は特に三人の高齢ミュージシャンに興味を持ちました。一人は前述したコンバイ・セグントという老人シンガー。齢90を越えて尚、かくしゃくたるヴォーカルを聴かせてくれるのには正直感動しました。おそらく私が知っているシンガーの中でも最高齢の現役ミュージシャンなのでしょう。音楽は年齢ではないとはいってもこの人の復活はミラクルに属すものだと思います。声だって全然枯れていない伸びのあるヴォーカルで本当に驚いてしまいました。(彼の弾いていた8弦ギターにも興味を持ちました。)
もう一人は今回の「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の復活劇の中心的人物、イブライム・フェレールという歌手です。この人も70才を越えて尚現役を張っているジーニアスで、映画の中では「キューバのナット・キング・コール」と紹介されていました。何より歌がうまく、歌うことの好きな天性のシンガーといった感じでこの人のヴォーカルを聴いているとジャンルや言葉の壁など音楽にはないということが自然に分かってくるように思えました。
そして最後に気になった人はルーベン・ゴンザレスというピアニストで長いブランクを飛び越えて復活したミュージシャンであるにも拘わらず、実に生き生きした演奏でした。最後のカーネギーでのコンサートで沢山の拍手の中で登場し、おもむろにピアノを弾き出すところではゾクゾクっとした感動が走ってしまいました。演奏が見事なのではなく、復活して古い仲間と一緒に音楽を楽しんで演奏している様が伝わってきたからです。
他にも「親の命令でベースを弾くようになった」と語るオルランド"カチャイート"ロペスというベーシストや曲芸のように弾くパフォーマンスを披露するバルバリート・トーレスというリュート(マンドリンのような楽器)奏者や単調な楽器をそう見せないように演奏すると語っていたアマディート・バルデスというティンパニスト等々実に個性的で味のあるアーティストが揃ったもので、キューバのみならずこれは十分に騒いでよいのではないかというイベントだったようです。
至福の瞬間とはこういった映画を観終った後に感じる形容で正に映画館に足を運ぶ喜びを体感するに十分の内容でした。
監督:ヴィム・ヴェンダーズ、撮影:イェルク・ヴィトマー、ロビー・ミュラー、リサ・リンズラー。1999年ドイツ・アメリカ・フランス・キューバ作品。
(ミュージシャン)ライ・クーダー、イブライム・フェレール、ルーベン・ゴンザレス、コンバイ・セグンド、エリアデス・オチョア、オマーラ・ボルトゥオンド、ピオ・レイバ、オルランド・ロペス、バルバリート・トーレス、ヨアキム・クーダー他多数。
2000年1月15日より渋谷シネマライズにて公開中。
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