如何にして蓄音機に魅せられていったかの心の軌跡です。それと七夕の日に行った「青空音楽会」のレポートも最後に載っております。


以下の文章は2000年12月に「今日の話題」のコーナーに載せた蓄音機関連のコメントです。私が如何にして蓄音機というものに夢中になったかを知っていただくため、再度公開します。実はこれを公開してから、もっと蓄音機の話題が読みたいという声をいただいて、いつかもう少し勉強し、音源も増えてから公開しようと思っていたのですが、とりあえずイントロの部分ということでそのまま載せてみます。蓄音機のにわか知識なども入っていますが、間違っていたらそっと教えてください。

Mon, 4 December 2000

先月、意を決して購入したものは蓄音機でした。今年北海道へ旅行して印象深かった体験に蓄音機の音を聴けたことがありました。『ビューポイント』という札幌郊外の店で思いがけずに聴かせていただいた江利チエミのジャズ・ソングの音質は確実に私の体の中に残りました。何も電気を通さずにあれだけの大きな音が出ることだけでも驚きの一瞬でした。その後、新宿のロフト・プラス1で健太さんの主催するイベントがあり、中村とうようさんがSPレコードなどをかけてくれるという大変タイムリーなイベントにも行ってきました。その際もSPの魅力を語るとうようさんのお話しにうなずきながら聴いていました。そして最近ある方の蓄音機のホームページも発見して間違いなく私の中では蓄音機が憧れの的になっていました。いつかきっと自分でもあのマシンを手に入れてこの手でかけてみたい、という思いは日毎に増していきました。


Tue, 5 December 2000

蓄音機に対する思いが高じてついに先月、神田神保町の『梅屋』というお店に行ってポータブル・タイプの蓄音機を購入してしまいました。何と12万円もしました。12万もあればコンピュータだってDVDだって買えるのに、私の関心は滅び行く物の方が価値があると思ってしまいました。普通のレコードでさえもうすっかり邪魔物扱いになっているのにSPレコードを今後集めなくてはならないのかと思うとちょっと気が重いのですがあの音を聴いてしまったからには逃れることができませんでした。物好きとか馬鹿だなと言われようが構わないのです。この音質は体験した人でないと分からない魅力なのです。それにこういった過去の遺産をちゃんと紹介し、後世に語り継いでいかなくてはいけないとも思っています。蓄音機の音を聴いたことのない人にこの感動を分けてあげたい気持ちでいっぱいです。(写真は梅屋さんで聴かせてもらった卓上式の蓄音機で、盤上で回っているSP盤は私が持ち込んだものです)


Wed, 6 December 2000

今回購入した機種はイギリスのHMV製の#102というタイプのもので70年以上前に作られたものにもかかわらず状態がすこぶる良いものでした。何でも音の決め手となるサウンドボックス(プレーヤーのカートリッジにあたる部分)が通常出回っているものと違うタイプのものでその分ちょっと高くなっているとのことでした。買う前にいろいろご主人の梅田さんから蓄音機の原理や機種の説明を受け、音も別のタイプのものも聴かせてもらって納得して購入しました。急いで持って帰ってきて家で聴いたのですが、音がばかでかくとても狭いマンションで聴けるような代物ではないのです。仕方がないので現在実家の2階に置いて聴いています。鉄針を1回毎に換える作業も何だかとても楽しい行為に思えています。まだ肝心のかけるSP盤があまりないのですが、たまたま実家にあったフレッド・アステアの映画音楽が素晴しく当面このセットものを楽しんでいます。


Thu, 7 December 2000

何故実家にSPレコードが残っていたかという話しです。実はかれこれ15年程前、友達の家の引っ越しを手伝った際にそいつのおじいさんの持っていたコレクションに大量のSPレコードがありました。ほとんどがクラシックのものでしたが中に向こうのジャズ・ソングも入っていてこれら全てを捨ててしまうというのです。SPなんて全然関心がなかったのですがその中からアルバム式のセットものが捨てるには勿体ないものだったので数枚もらってきたものでした。結局現在手元に3セットだけ残っていますが勿論蓄音機で聴いたことはなく、かすかに実家にあった古いステレオが78回転がかかるものだったのでそれでちょっと聴いたくらいでした。その時は全然貴重なものと思って聴いていなかったのでまさか今年これらのレコードの音を蓄音機で聴くことができるとは夢にも思いませんでした。その内の1つがフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの『Shall We Dance』という映画音楽の3枚組盤でした。レコードの状態も申し分なく一躍我が家の家宝となりました。こんなことならもっといろいろ選んでもらっておくんだったとマジで後悔しています。


Fri, 8 December 2000

蓄音機にハマって以来、私の音楽に対する関心は確実に昔の文化に回帰しているようです。録音技術がこれだけ進んで、デジタル録音だとかリマスタリングだとかいっていい音があふれているようですがあの原始的な手回し動力による昔の再生方法には最近のサウンドも適わない音の艶のようなものがあるのではないかと思っています。またラッパに頭を突っ込んでマイクなしの一発録音で録っていた当時の録音方式のレベルの高さにも少なからず驚いてしまいます。多分こういったことに関心のない人はあの音質を聴いたことのない人か、エジソン以来発達したレコード文化の歴史をご存じない人ではないかと思えるほど知れば知るほど深い蓄音機の歴史があります。我々はレコード文化に一番影響されてきた世代と思っていましたが、日本でも戦前より蓄音機が人々の生活に中にしっかりと浸透していた記述を読むにつけ、もっと知らなくてはならない事象がいっぱいあるのだな、と不勉強を恥じています。これを機会にレコード文化の一端でも垣間見れればいいなと思っています。


Sat, 9 December 2000

目下最大の関心事は都内近郊で催される骨董市や蚤の市情報です。実は先日、会社のすぐそばの原宿、東郷神社の骨董市に早起きして行ってきました。原宿という場所柄、外人客が目だった会場でしたが結構賑わっていました。お目当てのSPレコードや手入れをしてある蓄音機はなかったのが残念でしたが大体どういう雰囲気かは分かりました。数少ない蓄音機を置いてあった出店の主人にその蓄音機はいくら?と聞いたところ、最初はいい加減なことを言ってふっかけてきたので、蓄音機の薀蓄を少し披露すると、一転して馴れ馴れしくなってきました。最後にはそのおじさんにこれは日本製の普及品で1940年以降の物なのでそんなに珍しいものではないのでは、と講義していました。いやな奴が来たな、と思ったでしょうね、そのおじさん。でもそのおかげでSPレコード4枚を1200円で売ってもらいました。


Sun, 10 December 2000

神保町の富士レコード社にもちょくちょく出かけていっては毎回、数枚のSPレコードを買ってきているのですが、先日もお話しした通り、そんなに何度もレコードをかける勇気がないのです。何故ならあんなに重いサウンドボックスとアームでレコードを削りながら再生するのですから聴く方も必死というか、つい緊張してしまうのです。最近では鉄針よりまろやかな音を再生するソーン針(サボテンの針)を購入してそれでも聴いています。でもこちらは専用の研ぎ機で針先を研磨しなくてはいけないのでこちらもあまり頻繁には再生していません。ハンズへ行って紙やすりを買ってきて密かに磨いているのですが、そんな自分を客観的に見て、ああ、とうとうハマってしまったな、と思うもう一人の自分がいます。今読んでいる本も『蓄音機の歴史』や『日本レコード文化史』とか『声の資本主義ー電話・ラジオ・蓄音機の社会史』『エジソン−20世紀を発明した男−』といったレコードの歴史を教えてくれるものばかりを乱読しています。


Mon, 11 December 2000

蓄音機を初めて世に送り出したのはかのトーマス・アルヴァ・エジソンといわれています。1877年、当時30才だったエジソンは円筒型の蓄音機の最初のスケッチを書いています。その円筒にスズ箔を巻きつけてクランクを手で回しながら有名な童謡の「Mary has a little lamb」を大声で本人が歌ったのです。そしてそのクランクを元に巻き戻して回転させたところ、そのカン高い声が再生されたというのです。この1号機がすぐにも特許を取って後の蓄音機という商品に認知されることになるのです。こういった彼の商魂をあまりよく思わない人達もいるようですが今日、多くのパテントの元を築いた意味でもエジソンの行った実験は大変意義のあるものだったといえるでしょう。実際はその随分前にフランスの印刷技師、エドワルド・レオン・スコット・マルタンビーユという人と詩人のシャルル・クロが振動板を使用した記録装置を考案しており、クロはフランス・アカデミーに論文も掲載していたのでした。しかし特許申請や商品化にはならず、エジソンの名前ばかりが後世に残ってしまったようです。いずれにしてもこうして人の声や音楽を記録するという画期的な装置が開発されその恩恵で我々は現在多くの音楽遺産を鑑賞することができるようになったのですからエジソンさんに大いに感謝しなくてはならないでしょう。


Tue, 12 December 2000

現在我々がレコードと言っている円盤型のディスクを発明したのはドイツからアメリカへ移住したエミール・ベルリナーという人で1887年に特許申請しています。円筒形のものをディスク状にしたことによって大量複製ができるようになったのですからこの人の功績も大きいと思います。SPレコードがあんなに早く回るものとは想像できませんでしたがどうして毎分78回転になったのかということはあまり詳しく記述してある本がありませんでした。唯一『レコードの歴史』ローランド・ジェラット著という本にそれに触れた記述がありましたので紹介しておきます。最初アメリカのグラモフォン社がレコード用に用意した蓄音機は手動のものでした。1900年から1925年にかけてその回転数は毎分74回転から82回転の間をうろついており、その後電気的に安定したターン・テーブルの出現によって78回転に落ち着いたとされています。例えば100回転で録音したとすれば音はすこぶる良くなったでしょうが演奏時間は極端に短くなってしまうでしょうし、反対に40回転と遅くすると再生音は聴くに耐えないものになってしまったからその間の78回転で定着したというのです。因みにSP盤とはスタンダード・プレイングの略号とされていますがアメリカでは78(Seventy-eight)という呼称でSP盤のことを呼んでいるようです。


Wed, 13 December 2000

何だか学校の授業のような記述になってしまって恐縮ですが今日もレコードの歴史についてお勉強してみましょう。日本に最初に平円盤ディスクが輸入・発売されたのは1899年(明治32年)、浅草にできた三光堂という商店からでした。しかし実際は蝋管ばかりだったので商売となるには至らなかったようで、しばらくして天賞堂という商店も開業し、耳管を使用して有料で公開する新商売をはじめたところこれが大受けとなったようです。1908年、この「平円盤」のことをPhonorecordからとって「レコード」と正式に呼ぶようになったのです。その後、外国資本による日米蓄音機会社(現在の日本コロンビア)ができ、国産の蓄音機を製造するようになったり、今日の著作権問題の走りともなった浪花節界の風雲児、桃中軒雲右衛門の海賊盤が出まわり、それを原作者が訴え敗訴するという事件があったりしてSPレコードは普及していきます。しかし日蓄が両面盤のSPレコードを発売するのは大正に入ってから直ぐのことで、それまではSP盤は片面録音だったようです。そんな明治末期の貴重な片面盤を最近思いがけず入手してしまいました。そのレポートは明日じっくりさせていただきます。


Thu, 14 December 2000

先日、また足の赴くまま飯田橋駅前の骨董市を偵察にいきました。寒い日の朝早い時間でしたので客足もまばらといった感じでしたが、ある出店にSP盤が置いてありました。ほとんどが浪曲や浪花節の古い盤でしたが最後に埃まみれの落語のレコードが3枚束ねてありました。汚れたレーベルをよくみると柳家小さんと三遊亭圓右と書いてありました。これは私の落語のコーナーで明治の三名人に挙げた内の二人に違いないと思い、慌てて購入しました。その際、別の歌謡曲(美空ひばり、ペギー葉山)も一緒に買い、5枚で4000円という値段で売ってもらいました。それらを持ち帰り現在資料としている蓄音機関連の本で確かめたところ、柳家小さんのものの1枚(演目は「出来心」)は国産のSPレコードとしては最も古いAmerican Recordというレーベルで、日米蓄音機会社が1907年以後に出した片面レコードと分かりました。これは落語の資料からいっても、SPレコードのコレクションからいっても大変珍しいもののようで現在その資料価値を調べています。なんでも鑑定団のようになってしまいましたがもしかするとこれらは値段のつけられない貴重な音源ではないでしょうか?落語に詳しい方のフォローを期待します。



注)BRANDINでペットサウンズの森さんに会ってこのあたりの落語のレコードのことが載っている本のコピーをいただきました。それによるとやはり時代的には最初のレコードであることには違いないようですが、貴重なものかどうかはちょっと危なくなりました。何でも柳家小さんの片面レコードは他に10数枚出ており、私の入手したものはその内の1枚でした。またこれらは多くの複写盤(海賊盤)を産んだことから総数40万枚の片面レコードを全国から回収して廃棄処分にして全て両面レコードに切り替えたようです。ですからもしかしたら私のは複製盤かもしれませんね。でも早速調べてくれてこのあたりの資料を持ってくる森さんも相当な人だな、と思いました。


Fri, 15 December 2000

ちょっと興奮した記述になっておりますが昨日の続編です。もう1枚の柳家小さんのレコード(演目は「嘘つき」)も両面盤でしたがLyrophone Recordといって出張録音盤(明治時代末期に外国の一流レコード会社が録音機材を日本に持ち込んで録音したもの)のドイツのレーベルで、レコード番号からいっても明治時代に録音された音源であることは間違いなく、私の持っている落語の資料でもこの音源のことには触れられていませんでした。また三遊亭圓右の片面レコード(「よいよい蕎麦」)もRoyal Recordといって獅子印の国産初のSP盤でこちらは録音状態がすこぶる悪いのですが、もともとあまり音源の少ない噺家なので大変貴重な音源のようです。こんな話題ばかりを載せていると「おまえは岡田則夫(レコード・コレクターズという雑誌にSP収集談を連載している人)か?」と怒られそうですがその岡田さんの連載を読みたいばかりに過去のバック・ナンバーを購入しているのが最近の私の実状ですのでそう思われても何も返す言葉がありません。あの連載、単行本にならないかな?


Sat, 16 December 2000

さて、そろそろ蓄音機やSPレコードに関する話題から離れたいと考えているのですが最後に発展を続けてきた蓄音機の歴史に決定的ともいえる新技術が導入された事情を書いておきましょう。それは電気吹き込み方式のレコードと電気蓄音機の開発という事件でした。1924年、アメリカのベル研究所では様々な実験を繰り返し遂に電気吹き込み式のSPレコードを開発し、その翌年には各レコード・メーカーが挙って電気吹き込みの蓄音機を製造・販売するようになったのです。それは従来のアコースティック録音・再生のものより音質が格段の進歩を遂げ、一気に電気吹き込み式へと置き換わってしまうという画期的なものでした。アナログ・レコードがCDに置き換わるのと同様、これはレコードの歴史において重要なターニング・ポイントだったようです。そしてやがて1949年に至ってLPレコード(33回転)やEPレコード(45回転)の登場となりSP盤と蓄音機は駆逐されてしまうのです。ですから我々の体験したレコードの技術は長い再生の歴史の折り返しにすぎなかったということが今回、蓄音機を通して学んだ私の推論となりました。


Sun, 17 December 2000

いつも大人の音楽を聴かせてくれる辻堂の音楽資料館、BRANDINのイベントに店主の宮治さんの許可をもらって蓄音機を持って伺いました。この日のテーマは20世紀に心に残った音楽という大きなテーマだったので随分迷ったのですが丁度タイムリーの話題ということもあって蓄音機を持ち込むことに決めました。初めはみんなしらけずに聴いてくれるかどうか心配でしたが、宮治さんの紹介で徐に箱を開けて説明に入っていた自分が一番ワクワクしていました。結論から言うと広いスペースの室内でもあの響きは立派に生きていました。
最初に何をかけようか迷ったのですが、一応アンドリュース・シスターズの末娘、パティ・アンドリュースの「トゥ・ヤング」でその雰囲気を伝えることにしました。うん、我ながらいい音だ、と思って聴いていたら、後ろから持ってきましたよ、宮治さんのコレクション。よく見るとプレスリーはあるは、ポール・アンカはあるはビル・ヘイリー、ハンク・ウィリアムス等々垂涎もののコレクションがどっかと出てきました。その時点でもう私の興味はその音源に向いてしまい、いろいろ蓄音機について質問される内容にもしどろもどろの自分がそこにいました。すかさずその中からハンク・ウィリアムスやプレスリーをかけてみたのですが、これが実に素晴しいものでしたよ。特にプレスリーのバラード、「I Was The One」と「Blue Moon」にはしびれてしまいました。蓄音機も凄いけど、あのコレクションにはさすが宮治さん!とため息が出てしまいました。さらに奥から50枚くらい入っている段ボールを持ってきて、これでもか、という感じで、私はもう、参った!という感じでした。回りで聴いていた方々から直接SP盤をかけてみたいということで、実際に手回しでゼンマイを巻いてもらい、サウンド・ボックスを降ろしてもらって、蓄音機を体験してもらいました。みんな、その音(音源)の凄さに舌を巻いていました。これは持ち込んだ私が言うのもおかしいコメントですが、20世紀最後のイベントを締めくくるには絶好のツールだったと思っています。あー、よかった、みんな気に入ってくれて。それにしてもあのコレクションはもう一度、宮治さんのSP盤を聴く会を開催してくれないかと思うほどいろいろ聴いてみたい音源が沢山ありました。


以上が蓄音機に関する私の拙い体験です。専門の方からみたら稚拙なアプローチかもしれませんが最近これほど夢中になった事柄はありませんでした。未体験のものは何でもそうかもしれませんが、一度その分野に頭を突っ込むと、その世界の奥行きの広さと自分の無知が痛いほど分かってしまいますね。蓄音機はまさに私のそういった不勉強と新たな世界を感じさせてくれるツールとしては絶好のものとなりました。また機会があればこの続編を書いてみようと思っておりますのでよろしくお付き合いください。
尚、2001年1月5日にウゴウゴ・スペシャルという疑似放送でSPレコードの特集を取り上げました。こちらも興味があればお立寄りください。


「青空音楽会」レポート

以下に2001年7月7日(土)の七夕の日に行われた「青空音楽会」(蓄音機を聴く野外イベント)のレポートを載せておきます。自分でも大変楽しみにしていたイベントだったので、その成果が気になっていましたが、参加してくれた方々から励ましの言葉をいただき、感謝しております。また、次回を予定しておりますので皆さん、奮ってご参加ください。


◇セット・リスト(SP盤のみ)

1. Alone / Petura Clark
2. Till Then / Hilltoppers
3. It's All In The Game / Tommy Edwards
4. Too Young / Pattie Andrews
5. Too Young / Nat King Cole

●宮治さんのコレクションから

6. Gee / Crows
7. Little Daring / Diamonds
8. You Are My Destiny / Paul Anka
9. Bluejean Bop / Gene Vincent
10. Don't Be Cruel/ Elvis Presley

●その他ゲストの方々からのEP,LP盤いろいろ(1)

11. When You Were Sweet Sixteen / Miles Brothers
12. Crying In The Chapel / June Valli
13. 酒がのみたい/バートン・クレーン
14. 家へ帰りたい/バートン・クレーン
15. おいおいぶ子さん/バートン・クレーン
16. ニッポン娘さん/バートン・クレーン

●その他ゲストの方々からのEP,LP盤いろいろ(2)

17. Beautiful Dreamer / Richard Crooks
18. I Dream of Jeanie With The Light Brown Hair / Bing Crosby
19. 出来心/柳家小さん
20. Home For The Holidays / Perry Como (追悼)



Sun, 8 July 2001

思いつきと勢いで企画した「青空音楽会」は予想以上の成功を収めて無事終了しました。参加してくれた皆さんへ感謝の言葉を送りたいと思いますが、天気が予想に反してピーカンの陽差しとなってしまい、子供連れの方は辛かったのではなかったでしょうか。先ず本日はそのスナップ写真を載せ、どういった雰囲気で執り行われたかのご報告をさせていただきます。森さんが欠席となってしまいましたが、結局総勢14名の大所帯となってしまいました。高瀬さんに準備を手伝ってもらい、既に3、4組のバーベキューのグループを避け、端の方に陣取って車座になって蓄音機の音に耳を傾けました。蓄音機の音はオープン・エアで聴くと意外にもマイルドでそんなに大きくはありませんでした。ペテュラ・クラークの「アローン」を皮切りにペリー・コモで終るまで20曲あまり、宮治さんのコレクションを含めかけました。その間にみんなが持ち寄ったレコードもかけ、それぞれ面白いものが多く、私にとってもとても有意義なイベントとなりました。この続報はまた明日させていただきます。


Mon, 9 July 2001

「青空音楽会」は当初、森さんに何げなく話しをしたことがきっかけでした。その内、近しい人達に持ちかけたところ、みんな無条件で喜んでくれました。それで企画してみたのですが、ちょっと遅く到着した宮治さんの言を借りると、「本当にやっていたのですねー」という感じでやってしまいました。でも気の合った方々ばかりが集まり、オープン・エアの元、好きな音楽を聴く、という最高の環境がいみじくも揃いハッピイな一日でした。いろいろ手伝ってくれた高瀬さん、勝手なリクエストに答えてポール・サイモンを持ってきてくれた石原さん、ポール・マッカートニィづくしだったたかはしさん、DC5のレア盤を持ってきてくれた大久保さん、SP,EPともに珍しい音源を沢山持ってきてくれた宮治さん、それにヴェトナムの歌手のシングル盤を持ってきてくれた大沼さん、楽器を持ってきてくれた加藤くん、プラターズの佐藤さん、ジョージ・ベンソン好きの恵美ちゃん、それに買物を手伝ってくれた大内さん、みんなありがとうございました。最後はペットサウンズへ行って森さんにもご報告してきました。今回は蓄音機中心のアナログ盤オンリーでしたが、いろいろテーマを付けてやれるような気がしました。また涼しくなったら企画してみようと思っています。


Tue, 10 July 2001

土曜日の「青空音楽会」に参加された方々から「楽しかったです」メールが次々に入ってきて、本当にやってよかったという思いでいっぱいです。こういう思いを体験できるのは1年に数回あって、去年でいえばリヴィングストン・テイラーのコンサートが終った後、横浜の街をスキップしながら帰った時の至福感に似ています。音楽を聴いていてよかった、自分の趣味は間違っていなかった、と思う瞬間なのです。そういった幸せな思いにさせてくれた方々に当日配ったオリジナルCDの紹介です。あの日かかった曲を中心に聴き比べという視点で編集したもので、こういったCDを作ることが楽しくて仕方ないので全員に配ってしまいました。気に入っていただけるといいのですが。この中にはやっとできるようになったアナログ録音としてSP音源も含まれているので、きっと日本初のCD化という音源もあるのではないでしょうか。私も自分のために1枚焼いておきました。


Wed, 11 July 2001

「青空音楽会」にも持っていってみんなで楽しもうと思っていたものに、この『エジソン式コップ蓄音機』の模型がありました。タイミングを逸して紹介できませんでしたが、やっと自力で組み立てて録音してみました。これは学研から出ている大人の科学のシリーズの一つで、まさに私のために企画してくれたようなおもちゃでした。エジソンが円筒式の蓄音機を発明した原理がよく理解できて実に楽しい工作となりました。ただなかなかうまく録音・再生ができなくて、ちょっと苦労しましたが、エジソンさんと同じように「メリーさんのひつじ」をかすかに録音できました。実際に自分でやってみるとその難しさと面白さが分かって童心に帰ったような気分になりました。ハンズで売っていますので、興味を持った方はトライしてみてください。



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