コンサート・レポート

大人の音楽って素晴しいなー、って思いました。

THIS TIME WE ALMOST INSPIRED THE SENSE OF ADULT.




ジミー・ウェッブの音楽には特別思い入れがあった訳ではなく、むしろ私は「部外者」という意識でいました。それでもあの名作『TEN EASY PIECES』の感じで弾き語りを披露してくれるのなら是非とも聴いてみたいと思って東京公演の両日を早々とチケットを取っていたのでした。先ず初日となった15日の三宅坂ホールでのコンサート・レポートから入ってみます。機会が合わず行けなかった方へのメッセージとしてなるべく日記風に出来事だけの記述とします。一緒に体験してください。

私の家はかつての目蒲線沿線なので今度開通した南北線を利用して永田町までそのまま行けてしまうのです。初めての体験となる三宅坂ホールをこれも初めての体験である南北線に乗って向ったのでした。でも接続の要領が分からなくて目黒を過ぎてつい、ウトウトしていたら、気が付いたら芝公園なんてアナウンスが聞こえて、あれ?南北線じゃないのかな、などと思いあわてて引き返しぎりぎりで目的地に着いたのでした。(南北線ともう1本都営三田線が乗り入れているのでした)で、場所も確認しないままそれらしい人々が歩いていく方向へついて行ったら三宅坂ホールとは何のことはない元社会党本部の会館ホールで定員300名?位の小じんまりした会館でした。会場に入ろうとして驚いたのですが入り口でパンフを配っているのは知り合いの通訳者の小林さんではないでしょうか。「あれ?何やってるんですか?」って感じで話しかけると向こうも「あれ?石川さん、こういう所へよく来るんですか?」って話しになって暫く歓談。何でもご主人がトムズ・キャビンの録音ディレクターだとかで後でご紹介します、とのこと。いやー、世間って狭いものだな、と思いながら会場へ入りました。一緒に観ることになっていたたかはしさんもやってきていざ開演。ピアノ1台の弾き語りコンサートのスタートとなりました。

最初の曲名はよく分からなかったのですがメドレー形式で歌った2曲目はアート・ガーファンクルのナンバーで知っていた「Crying In My Sleep」。♪May I help you please?♪という聴き覚えのあるフレーズに思わずゾクゾクとしてしまいました。そしていきなり♪By the time I get to Phoenix♪と歌い出すと会場からは歓喜の拍手が。そしてウィリー・ネルソン、ウェイロン・ジェニングス、クリス・クリストファーソン(私の今までの発音と違っていました)、ジョニー・キャッシュの曲と言って「Highwayman」を披露、自分もまた「Highwayman」だと言っていました。更に次の1曲、はじめて聴く歌があってから自分の曲で最初にヒットした曲という紹介でフィフス・ディメンションの「ビートでジャンプ」を軽快なアレンジで聴かせてくれました。このあたりから私の印象はなんだ、歌だってうまいし、随分声量もあるシンガーじゃないか、と思いはじめ、歌手としての不安など吹っ飛んでしまうパフォーマンスでした。更にリチャード・ハリスの曲といって1曲歌ったのですがそれがBankrupt broke とか言って紹介していました。正確ではないので間違っているかもしれませんが続いてグレン・キャンベルの曲ということで「Where's The Playground Susie」や「Wichita Lineman」を、ジュディ・コリンズ、ジョーン・バエズ、ジョー・コッカー、リンダ・ロンシュタットの曲として「The Moon Is A Harsh Mistress」を歌ってくれました。そして誰もがよく知っているアート・ガーファンクルのナンバー、「All I Know」や待ちに待った「Didn't We」「MaCarthur Park」などもしっかりやってくれほぼ予想していた通りの選曲となりました。多分アンコールは「Adios」だな、とふんでいたのでしたが、会場から「Skywriter!」というかけ声がかかると、ちょっと意外だったようでしたが喜んで早速その曲をアンコールで弾き出すあたりさすが自分の曲だなといった感じでした。そしてその曲が終って2度目のアンコールで登場するとよく分かったフアンから「Adios」のリクエストが。それにもすんなり答えるかたちで演奏し出すと、思わず一緒に口ずさみたくなっている自分に気づきました。

という訳で期待通りの静かな感動が湧きあがってくるコンサートでこの会場にいる幸せを噛み締めていました。終ってからたかはしさんのお誘いでサーカス・タウンの皆さんと木村ユタカさんを交えて赤坂の一ツ木通りの飲み屋で歓談して帰ってきたのでした。



そして東京公演の2回目となる五反田ゆうぽーと会館も早目に仕事を切り上げて余裕を持って向いました。会場に着くなり木村さんを発見、先日のお礼とこの会場の思い出話しなどをして開演を待つことに。松本隆さんなどいろいろ知った方を発見するも大人しく見守っていました。この日の席は前から3番目の一番右というポジションでもうちょっと後ろの方がよかったかな、などと会場を見渡していました。観客の入りはあまりよくないようで多分宣伝が行き届いていなかったのだろうと思いました。

コンサートの内容は大体初日と同じメニューでしたが、観る角度が違っていたのでそれなりに楽しめました。(初日は向って左側から見ていたのでジミーの後ろ姿とピアノの指使いばかり眺めていましたが、2日目は右側からでしたので彼の顔の表情ばかりに見入っていました。大阪の公演をはさんでの3回目ということもあってか声がちょっとかすれる個所もありましたがそれでも声量豊かに歌いあげる歌唱法は変っておらず、十分に堪能しました。MCの部分が当然違っていて自分の日本語はうまくないとか日本に来て公演ができてラッキーでした、とか泣かせるセリフも忘れていませんでした。また自分のウェブ・サイトの紹介をする際、ウェブがシャレになっているの気づき自分で笑ったり、リチャード・ハリスやグレン・キャンベルの年齢について話したり大変和やかなトークでした。この日に感じたことといえば1曲だけアップ・テンポのブルース調の曲を初日同様演奏したのですが、願わくばこの曲は要らなかったかもしれない、と思いました。全編、歌い上げるタイプのジミー・ウェッブ節で押し通してもよかったなどと勝手な感想を抱きましたが観た方、いかがでしょうか。

アンコールに「Adios」や「Galveston」などやってくれ初日同様大変味わいの深いパフォーマンスで大人の良質な音楽って印象を強く持ちました。終ってからまた小林さん夫婦やBRANDINの宮治さん、チカちゃんやエトセトラの店員さんなどと挨拶をして帰ってきました。(そういえば初日、憧れの長門さんにもご挨拶でき大変ラッキーでした)

ジミー・ウェッブって今年53歳ということでほぼ同年代といえるお方なのですが実に豊かな表情を持ったヴォーカルと巧みなピアノさばきで終始聞き手を圧倒させてくれました。ピアノ1台だけの弾き語りのコンサートは多分ランディ・ニューマン(日本青年館)以来かもしれないな、と思って観ていました。そういえばランディ・ニューマンのライブ・ビデオにライ・クーダーとリンダ・ロンシュタットが飛び入りゲストで登場したものがありましたが、あんなシュチュエーションに出くわしたら最高だなと思ってしまいました。

さて、今回のジミー・ウェッブのコンサートの総括ですがやはり大変思い出に残るコンサートになったことは間違いないでしょう。まあ今年は私の場合、リヴィングストン・テイラーという真打を体験しているのでベスト・パーフォーマンスにはならないのですがきっと後になって行ってよかったな、と思えるコンサートの一つでしょう。そこで最後に一つだけ言っておきたいことがあります。今回のコンサートではある曲がとても気になってならなかったのです。それは「Didn't We」という曲で、『TEN EASY PEICES』でもセルフ・カバーしている佳作なのですがコンサートに先だって特集を行った際、歌詞が気になって仕方なくなった1曲でした。Didn't we almost make it this time.という語り口がポール・サイモンの「Something Right」を思わせる内容でいい歌詞だなと思っていたらコンサートの初日にこの曲をシドニー・オリンピックで勝てなかった人に贈りますと言って歌い出したのがとても印象的でした。またこの曲は多くのシンガーにカバーされていて、早速アンディ・ウィリアムス、フランク・シナトラ、バーブラ・ストライザンド(このバーブラとシナトラ・ヴァージョンはわざわざ本人が物真似で歌っていました)などを買い求めてしまいました。それ以外にもまだまだ興味ある人たちが歌っているので当分ヴァージョン違い探しの楽しみが残されていて楽しいやら、苦しいやらまた新たな挑戦が始まってしまいました。(他に私が知っているところではエンゲルベルト・フンパーティング、ヴィック・ダモーン、ヘンリー・マンシーニ、ペリー・コモ、ディオンヌ・ワーウィック、イーディ・ゴーメ、トニー・ハッチ等々沢山のカヴァーがあるようです)



2000年10月15日(日)PM6:00より 8:00まで
三宅坂ホールにて


2000年10月18日(水)PM6:30より 8:30まで
五反田のゆうぽうと簡易保険ホールにて




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