今日の話題ログ(2006年2月16日〜3月3日)

アメリカ旅行レポート&レコ発イベント・レポート



以下は更に自分のHPの今日の話題のコーナーで取り上げたバートン・クレーン関連のログです。主に娘さんに会いに行ったアメリカ旅行のレポートとレコ発イベントのログとなっていますが関係ない旅の話題も入っていますのでご承知置きを。

Thu, 16 February 2006
アメリカ旅行から戻ってきました。まだ突然睡魔が襲ってきたりして正常な状態にはなっていませんが取り急ぎレポートに入りたいと思います。先ず7日の成田を16:55のユナイテットで発って向った先はニューヨークでした。現地時間の夕方5時過ぎに空港に着き長い入国手続きを経てスーパー・シャトル・バスに乗ってアップタウンのホテルまで行ってもらうことに。いわゆる乗り合いマイクロ・バスで8人(日本人5人)相乗りでそれぞれのホテルまで届けてくれる。ホテルは隣りが24次時間営業のドラッグ・ストアできれいな部屋でほっとする。もう夜なので近くのファースト・フード店とインターネットができるアイスクリーム屋さんに入っただけでホテルに戻って床につく。次の日は4時頃起きてしまって6時過ぎにコーヒー・ショップでモーニングをとり、そのまま歩いてセントラル・パークまで行く。まだ辺りは暗い。公園に着くとそこはジョギングと犬の散歩の天国で、徐々に明けていく空の様子が美しかった。貯水池を過ぎアメリカ自然史博物館を横目で見ながらダコタ・アパート(写真)まで行く。イマジンの碑やベセスダ噴水をビデオに収めながら72St.の駅で地下鉄の1日券を買ってヤンキー・スタジアムに向う。路線を間違えてしまい、引き返してきてやっとブロンクスの地域に入ることができた。ここから地下鉄を利用し放題となりミッドタウンやダウンタウンの要所をいろいろ観て回ることとなった。

Fri, 17 February 2006
ニューヨークでの地下鉄ツアーは1日目にしては順調にこなすことができ特にトラブルもなく思い通りの展開でいろいろな箇所を観て回ることができました。有名なミュージカルがかかっているブロードウェイに始まって、カーネギー・ホール(写真)やロックフェラー・センター、エンパイア・ステート・ビル、マディソン・スクエア・ガーデン、それに9.11の事件のあったワールド・トレード・センター跡地も見学でき地下鉄を効率的に活用することができました。後半は三須さんに教えてもらったレコード屋さんを尋ねて回ったり、途中キンコーズのオフィスを見つけてインターネットを利用したり特に不自由は感じられませんでした。こちらへ来て先ず気になったことは歩行者が信号を守らないで赤でもどんどん渡っていくことや、駐車中の車の多くにバー状のロックがかけられていて、ああ、そういう国なんだな、と思わせるものでした。またこれは全ての物を売っている店員や施設の係員にいえることでしたが全体に無愛想でスマイルくらいしてもいいのにと思えるホスピタリティのなさを感じてしまいました。地下鉄も表示やアナウンスが不親切で座席も固いし日本の方がはるかにきれいでした。結局1日中、歩き回って疲れ切ってホテルに戻り翌日はマディソン・スクエア・ガーデンと直結しているペンシルバニア駅から列車、アムトラックに乗ってフィラデルフィアへ入ったのでした。

Sat, 18 February 2006
さてアムトラックですんなりフィラデルフィアへ着いたものの、ホテルがどこにあるか場所を確認しないままタクシーに乗ってダウンタウンへ入りました。タクシーの運ちゃんはちょっと強面の黒人で街を周回するようにホテルに到着し、11ドルを要求されました。うーん、これはちょっとボラれたかな、と思いながらチェック・インをし先ずホテルの公衆電話から今回CD購入の申込みをいただいた岩田さんに電話。無事着いた旨とこの後ロビーで待ち合わせて会う約束を取り交わし、引き続きシルビアさんへ電話しました。ちょっと緊張の一瞬の後、それらしい女性の声と明日待っているから食事もしましょう、というご返事に緊張の糸が切れヤッター!とうとう念願の人とお会いできる嬉しさでスキップをしながら部屋まで戻りました。シアトルの棚田さんにも連絡してやっと目的の地まで来て明日会えることになった旨をご報告しておきました。部屋に戻って気持ちが高揚してきて疲れてはいるのですが、仮眠をとることができず、岩田さんとの約束の時間までまんじりともせずに過ごしてしまいました。身支度を整えてロビーで待っているとそれらしい日本人の方が登場し、お互い照れながらの挨拶を交わし、彼の車で隣り街のニュージャージーの日本食屋へ向うことに。結構賑わっている和食レストランで、そこで本物の寿司やあら汁などを注文し、久し振りの日本の味に感動しながら岩田さんといろいろ話しをし、2枚CDをお買い上げいたきました。80年代からこちらに住んでいてすっかり地元の人と化してした岩田さんは思っていたより若い方で初めてとは思えないほど気さくにいろいろな話題を交わし、最後にシルビアさんの住むアパートメントの場所に一緒に付いてきてくれ10時前にお礼を言って別れました。そのアパートというのが自分が泊まっているホテルと目と鼻の先という近さで偶然のお導きに一人悦に入ってしました。

Sun, 19 February 2006
今日はこの旅行のメインの目的であるインタビューが予定されているということで6時前には起きてしまい風呂に入ったりビデオのセッティングを確かめたり早い内から準備していたので予定の10時までが何と長い時間に思えたことか。それに窓を明けると向こうにレンガ色のシルビアさんが住むビルが見え、あまりの近さに何か運命のようなものさえ感じてしまいました。ちょっとフライング気味にそのアパートへ向うと受付の女性はもう私のことが分かっていて2階の207だよって合図してくれたのでそのままエレベーターへ。ドアをノックする緊張の一瞬の後、現れた妙齢の女性は思っていたよりお元気なシルビアさんでした。早速中へ案内され、ご主人をご紹介され3人でソファーに座って簡単な質問合戦となりました。自分の身分やここに来るいきさつを語った後、シルビアさんから見せられた書類はちょっとびっくりするものでした。ビデオ撮影に際して本人の許可なく商業使用を禁じた契約書で、これにサインをしてくれというもので、全く問題はないと言ってサインはしたものの、なるほどアメリカ社会へ来ているんだなという感慨をいだきました。インタビューは淡々とした内に始まり、最初は一生懸命聞き取ろうと思ってメモを片手に集中していたのですが、どうせ記録を撮っているのだから後で確認すればよいと途中から思い、流して聞くようになりました。というのもシルビアさんの話しはご老人特有の長い説明で肝心の質問が何だったかなと忘れてしまうほどのもので、途中で次の質問へ移らないとと思いそちらに気が入ってしまい気が気ではなくなってしまうのでした。一通り用意した質問に答えてもらった後、旦那さんを交えての歓談となり、そろそろ食事でもしませんかということになったのでした。(この項続く)

Mon, 20 February 2006
昨日のシルビアさんのインタビューの続きを報告しようと思ったのですが、昨日行われた発売記念イベントの速報に切り替えたいと思います。おかげさまで大盛況の内に無事終了できました。今はホッと一息ついて徐々に脱力感とじんわり満足感が漂ってきています。瀬川さんもお顔をみせてくれたし、郡さん、田村さんといった普段あのようなライブ会場に足を運ばれない方達も揃ってお見えになってくれ、山田先生、荒瀬さんという今回のスタッフが全員揃うというまさに一期一会の集会といっていいイベントでした。実はいろいろ仕込みを考えていたのですが、結局あまり準備ができないまま当日を迎えてしまい、なるようになれ、とばかり居直っていたのですが、あまり準備ができなかった割にはうまく進行でき、ちょっと満足しています。特に前半のトークの部分はそれぞれのゲストがうまく話しを進めてくれ助かりました。瀬川さんが私のことを「小林さん」と言っていたので訂正しようかどうか迷ったのですが失礼に当るのでそのままにしておきましたが、、3回目に呼ばれた時はさすがに「石川です」と小さく直してしまいました。郡さんの話しも山田先生の話しも持ち味が出ていてよかったのではないかと思いました。取り急ぎ駆けつけてくれたゲストの皆さん、それに寒い場所の受付を手伝ってくれた三須さん、ビデオを撮ってくれた高瀬さん、荷物を運んでくれた島村さんに感謝したいと思います。それに素晴らしい演奏を披露してくれた両バンドの皆さん、それに日曜日という休みたい時期に時間を割いて出てきてくれた多くの参加者のみなさんに深く、深く感謝したいと思います。

Tue, 21 February 2006
『モダーン百万パーセント〜「バートン・クレーン作品集」発売記念イベント』の続報です。イベントが終って段々時間が経過するにつけ、あれは大成功のイベントだったと思えるほどいい感触が残っています。実は高瀬さんが撮ってくれたビデオを一通り目を通したのですが、前半のトーク・ショーも心配していた程のものではなく、むしろゲストの方の話しが面白く自然と引き込まれてしまいました。特に第2部のスウィンギング・ドアーズとバケッティアーズのライブはいつもの両バンドのライブではみられない場面の連続でこれは凄いものを見せてもらった思いが募ってきて誰よりも得をした気持ちになっています。初めて観た人、何度もいいますがこれは絶対にラッキーなライブだったので主催者が言うのも変な話しですが2000円という会費は安いもんだったのではないでしょうか。そのくらいセッションといい、タマちゃんが歌ったバートン・クレーン・ナンバー(何をやったかは推理してください)やエノッキーと村中スティールの夢の共演やトモコちゃんが仕切りながら全員で演奏した「ルート66」等々普段は聴けない両バンドの魅力がいっぱいのライブでした。それにしてあんな演奏を簡単なリハのみでこなしてしまうバンドの実力に改めて凄い人たちだなー、と独りごちてしまいました。

Wed, 22 February 2006
まだ日曜のイベントの余韻に浸っています。もう1日だけこの話題をさせてください。昨日、スウィンギング・ドアーズがライブでやったバートン・クレーン・ナンバーをクイズのように伏せてしまいましたが、何人か回答をいただきましたので発表しておきます。それは「家へかえりたい」というナンバーでした。タマちゃんが私に内緒でカヴァーしたものでした。自分の大好きなグループが大好きな曲をライブで演奏してくれたことは個人的に大事件でした。スティール・ギターもちゃんと入っていてこれ以上の望みはないという贅沢な演奏でした。たまたまその映像が残っていなかったのが残念でしたが、翌日、赤坂のカントリー・ハウスでも雨宮さんの長々とした紹介の後にこの曲を歌ってくれ、ばっちり記録できました。タマちゃんは日本語の部分を片言のバートン節の発音で歌ってくれ、しびれました。このままいくとこのナンバーを含め、数曲レパートリーに入るのではないかという勢いで、そんな夢物語のような状況がこの間は起っているのです。肝心のCDのセールスも思いの外好調のようだし、鈴木慶一さんにあのCDを贈呈したところ、喜んで聴いてくれているようだし、嬉しいことづくめで舞い上がっている今日この頃です。

Thu, 23 February 2006
やっとアメリカ旅行の続きに戻ることができます。どこまでいったのでしたっけ?そう、シルビアさんとのご対面のところでしたね。フィラデルフィアの2日目はお宅にお邪魔して4時間近くインタビューをしたり、一緒に食事を御馳走になったり初めてとは思えない歓談の一時を持てたのでした。インタビューの途中、シルビアさんが「着物」があるからと言って奥の部屋から「浴衣」を取り出してきてそれを羽織り、一言日本語を言ってください、との注文に「あら、まあ!」とだけ言ったのには思わず笑ってしまいました。ご主人も顔付きは恐かったのですが、いろいろな写真やバートン・クレーンのことを書いた本を出してきて、いろいろ説明してくれました。とても興味があったので、まじまじと見ていたところ、「持っていきなさい」と言ってその貴重な本をプレゼントされました。食事を終えた後、ご主人は喘息の治療のため休まなければならないと言って寝室に戻っていきましたが、その後もシルビアさんと暫しの歓談タイムが持てました。そろそろ失礼しなくてはと思いその旨を告げると一緒に下のロビーまで付いて来てくれ、別れを惜しみました。その後、荷物を一時預けておいたホテルに戻ってワシントンDC行きの列車に乗るために30th Street Stationへ向ったのでした。

Fri, 24 February 2006
4時間半も初めて会った方と慣れない英語で会話をし、くたくたに疲れたまま駅に着いたので列車を待っている間ベンチで爆睡してしまいました。ここでトラブル発生。予約したアムトラックの列車が1時間半も遅れるという表示に変わったのです。あちらの列車の乗り方は駅の待ち合い室に大きな掲示板があって、そこに次に出発する列車が何番の乗り口かと表示されると受付開始で皆その乗り口へ行って並ぶというものなのですが、その表示の欄に1時間半遅れと出たのでこれでは次のワシントンDCからナッシュビル行きの飛行機に間に合わないと思い、別の列車に変えてもらうようにしました。結構自分も機転がきくなと思いその変更した列車を待っていたのですが、これがまた30分遅れとか表示されてこちらもやばい状態となってしまいました。結局最初に予約した列車の方が早く受付を開始し、あわててクレームをしたところ、全く受け付けられずシブシブ変更した列車を待つことにしました。あせる気持ちを押えながらアムトラックの193便に乗り、すぐ降りられる席を選んでまんじりともせずに到着を待つ事になったのですが、途中ボルチモアとかで沢山人が降りていくとつい不安になってしまい、2つ前の駅で一度降りてしまいまた乗り直すというドタバタを演じながらワシントンDCのユニオン駅に着いたのは21:30を回ってしまっていました。(飛行機は21:55発)ここから走ってタクシー乗り場へ行き、運ちゃんに大急ぎでダレス空港へ行ってください、と告げ乗ったのですが、結局空港に着いた時は自分の予約した航空便の搭乗手続きは全て終了となってしまいました。(つまり夜の事務を終了した空港に一人取り残されてしまったのです)

Sat, 25 February 2006
さあ、大変。ナッシュビル行きの夜のフライトに乗り損ねてしまいました。それまで順調にやれてきたアメリカ初旅行でしたが、ここへきて大ピンチとなり途方にくれていたところ、事務手続きを終えたユナイテッドの女性係員が親切にもその場で明日朝の次のチケットを発券してくれ、ホテルはありますか?と聞いてくれ、ないと言うと直ぐ電話をして空港近くの一番安いホテルを交渉してくれ、おまけにそこへ行くシャトル・バス乗り場まで案内してくれたのでした。アメリカへ入って感じていた店の店員の愛想のなさや事務的な対応のラッシュにアメリカ人なんて嫌いだ、と思っていたところ、捨てる神あれば拾う神ありで、このアジア系の女性係員がまるで天使のように思えた瞬間でした。シャトル・バスに乗って着いたホテルは車で15分程のところにある小綺麗なもので、翌朝モーニング・ビュッフェも摂れ快適でした。今度は乗り遅れてはいけないと思い、2時間前には空港で待機しナッシュビル行きの国内便を待っていたのですが、これがまたマシン・トラブルとかで再三に渡り遅れ、結局離陸できたのは昼近くになってしまいました。ドメスティックの小さな飛行機(写真)で、これで飛べるのかちょっと不安になったのですが、陽気な女性添乗員と差し向いで座っていたので退屈せずにナッシュビルへ到着することができました。

Sun, 26 February 2006
ナッシュビルへ着いたら時間がないので市内ツアーに乗っかろうと思っていたところ、自分の時計では既に1時半を回っていました。各ツアーの受付時間が1時半スタートとなっていたのでホテルに着いてダメモトで「ツアーに参加したいのですが?」と尋ねたところ、即オーケーという返事でした。つまりワシントンDCとナッシュビルでは1時間の時差があり実際は1時をちょっと回ったところだったのです。ラッキー!急いで部屋まで行き、荷物を置いてロビーで待機しているとツアー・バスが迎えにきてくれ、それに乗って市内観光ツアーへ出かけることができました。市内に着くと別のツアー・バスに乗せられカントリー・パブのようなライブハウスへ案内され若いシンガーが歌うマール・ハガート・ナンバーを聴いたり、ライマン公会堂で「グランド・オール・オープリー」の会場を見学したり、カントリー・ミュージック・ホール・オブ・フェイムという新装なった博物館でジミー・ロジャースのギター(写真)を観察したりエルヴィスのゴールド・キャデラックを観たりカントリーの本場、ナッシュビルをコンパクトに体験することができました。ちょっと意外だったのはお目当てのペダル・スティール・ギターの展示が少なく係員に質問しても「?」という感じであまり一般的でないように思えました。ナッシュビルという町の印象は初め持っていたカントリー・ミュージックが至るところから聞こえてくる町というより、古い建造物が多い伝統の町といった感じでした。

Mon, 27 February 2006
2泊するはずのナッシュビル滞在が1日となってしまい、市内ツアーのみの観光となってしまいました。翌日は朝早いフライトでシカゴ経由シアトルへ飛ばなくてはならない旅程だったので、ホテルの受付係りに何度も早朝のシャトル・バスの時間を確認し、5時半には下のロビーで荷物をまとめて待機していました。ここでもう一つ心配事が発生。実は前日のツアーでみやげものを買い込んでしまったので、現金を5ドルくらいしか持っておらず、後はトラベラーズ・チェックになっていたのでした。朝早いシャトル・バスの運転手がT/Cを受け付けてくれなかったらどうしようと思ったのですが、とりあえず乗ってみたバスの運転手が行きのバスと同じおばさんだったのでちょっと安心。でも、逆にこのおばさんが逆ギレしたらやだな、と思いながら空港に着くと気持ちよくT/Cを受け取ってくれ、気を付けていきなよ、みたいな言葉をかけてくれ、思わずグッときてチップをはずんでしまいました。このおばさんとUNITEDの女性の二人には暖かいホスピタリティを感じてしまいました。で、朝早く空港へ着いてチケットの手配をしたのですが、日本から予約していったUNITEDの便が満席でDELTAのアトランタ経由の便ならあるけどどうしますか?ということになり、シブシブ了解し急遽デルタの便に切り替えてもらうことになりました。ところがこのアトランタ経由でシアトルまで行くと、シアトル到着が夜7時半となってしまうということで、シアトルで迎えに来てくれるはずの棚田さんへ到着変更の連絡をしなければいけなくなってしまいました。ナッシュビルの朝6時はシアトルの朝4時頃なので、8時まで待って空港内のビジネス・センターに駆け込みインターネットを借りてメールしておきました。結局アトランタに着いて電話したところ、すでにそのメールをみていただいていたので、到着時間変更の件は伝わっていたのですが、まだまだ油断ができない状況を説明し、シアトル行きの便を大きな空港(写真)でひたすら待ったのでした。

Tue, 28 February 2006
アトランタのハーツフィールド=ジャクソン空港はコンコースが6つもあっておそらくアメリカでも最大の規模の空港と思われ構内を巡るだけでシャトル・トレインが走っているくらいで迷子になりそうでした。他の都市と違うことは黒人率が高く南部の中心地であることが空港内の人の行き来でも感じられました。十分に待たされてからシアトル行きの便に乗ることができシアトル在住の棚田さんと再会することができました。棚田さんは元いた会社の翻訳者の方で私が仕事を辞めた後もお付き合いが続いていて、アメリカに来る機会があったら是非寄ってくださいとのことでシアトルを最終ディスティネーションに選んだのでした。すんなり空港を出たところでピックアップしてもらい、挨拶もそこそこに車に乗せてもらいこれまでの単独行動の重荷が一気に解放された一瞬でした。空港から車で30分ほどのところにある棚田さんのご自宅は閑静な住宅地(コミュニティ)にあってお風呂も寝室もきれいなままで最上級のホテルのように思えました。奥さんの寺本さん(夫婦別称)とお会いするのは初めてでしたが、飼い犬のクッキーとともに歓待してくれ久し振りの日本食に舌鼓を打ながら旅の苦労話しを聞いていただきました。ここではメールも日本語で打てるし、食事はおいしいし、お風呂も使いやすいしワンちゃんまでなついてくれ天国のようでした。翌日は月曜日にもかかわらず棚田さんが一日エスコートしてくれシアトルの観光名所をいろいろご案内してくれたのでした。至れり尽せりの歓待ぶりにこれまでの疲れも吹っ飛ぶ思いで感謝の念に絶えませんでした。

Wed, 1 March 2006
納豆やみそ汁という最高の朝食をいただいてから棚田さんの車でスノコルミの滝を観にいくことに。あいにく朝方の霧で肝心の滝はうっすらとしか展望することができませんでしたが、鉄道博物館へ寄ったりみやげものを買うためにショッピング・モールへ寄ってくれたり途中奥さんと待ち合わせて飲茶のおいしいレストランで昼食をとったり、チッテンデン・ロックの運河を船の運行を眺めながら見学したりゆったりとした旅行気分に浸ることができました。途中ベルビューという所にある棚田さんの事務所に用事があって寄ることになり、しばらく車の中で一人待たされていたのでしたが、これが思わぬ展開となってしまいした。暇なので車の中にあった現地のテレフォン・ガイド本をみていたら、CDビデオ店という欄がありそこに「GOLDEN OLDIES RECORDS」という表記の店があったので、棚田さんが戻ってきてからここに興味があるので寄れますか?と尋ねたところ丁度これから行くコースの方なので大丈夫ですということになり寄ってもらうことにしました。でも自分が想像している中古レコード屋さんかどうかは分からなかったので着くまでは期待していなかったのですが、到着してドアを開けたとたんまさに自分の思っていた通りの中古レコード屋さんだったのです。ラッキー、とばかりに中に入りいろいろ物色したところ品揃えもよく値段もそこそこなので棚田さんそっちのけで自分の世界に入ってしまいました。いろいろ欲しいレコードを目にしたのですが、結局あまり棚田さんを待たせては悪いので5,6枚のLP盤とシングル盤2枚、それにエルヴィスのSP盤1枚という買物をしてしまいました。エルヴィスの「Love Me Tender」の78rpmは何と20ドルという安値でした。後ろ髪を引かれながらそこを後にし、パイク・プレイス・マーケットにも寄ったところ、ここでも中古レコード屋さんを発見。買物はしなかったもののいろいろ店員さんと話しをして帰ってきました。(明日でアメリカ旅行レポートは終りにしようと思っています)

Thu, 2 March 2006
ということで短い期間ながら濃い内容の初めてのアメリカ旅行は実に実り多い体験となりひとえにシアトル在住の棚田さんやニューヨーク事前情報を教えていただいた三須さん達に感謝の念でいっぱいでした。特に棚田さんは現地に入ってからも電話で遠隔操作をしてくれ、いろいろなアドバイスや情報を伝えてくれたので、一人で旅行している気分とはかけ離れた面持ちで回れ本当にありがたいと思っています。シルビアさんをはじめフィラデルフィアで初めて会った岩田さん、それにワシントンDCの空港で救ってくれたUAの係員、ナッシュビルのシャトル・バスの運転手さん、最後にシアトルから偶然一緒だったOさんとMさん、今回の旅で出会えた皆さんに感謝したい気持ちです。バートン・クレーンの娘さんに会う目的で一気に突っ走ったアメリカ旅行でしたが、そういった方々との出会いやご好意に支えられて大変満足のいく旅行となり無事帰ってくることができたことを喜んでおります。今回の旅行で思ったことは「困って自分で判断しないと本当の体験にはならない」という教訓で、無茶な旅程にもかかわらず自分で判断した一つ一つがいい思い出となったことを重ねて関係者の方々に感謝したい気持ちでおります。また次回、機会があれば別のコースを選んで出かけてみたいと思っておりますが、今度はもっとゆったりとした計画で回れるように心掛けたいと思っています。(写真はシアトル郊外のコミュニティにある棚田さんのご自宅)

Fri, 3 March 2006
ダラダラとアメリカ旅行レポートなどしている間に状況は刻々と変化していき、日々新しい展開の連続のようになっています。正直このコーナーに記述する内容が現実の変化に追い付かない状況のように感じています。何よりも『バートン・クレーン作品集』の発売が一人歩きしてきて思わぬ反響や問い合わせをいただいております。発売前にこうなったらいいな、と漠然と考えていたことが予想以上の反応となって展開し驚いています。自分は当初多くの人たちにこの音源を聞いてもらいたいという一心で直販を考えたり卸し業者を決めたりフライヤーや資料を作ったりしたのですが、そういった小細工も必要としないような部分で動いてきたように思っています。勿論宣伝活動や地味な手売りは続けていこうと思っているのですが、初めての自主製作の割には早い時点で結果が伴ってきているようで嬉しいやら、戸惑うやらで多少混乱しております。これもひとえに関係者の方々や自分の回りで我が事のように宣伝してくれている仲間の皆さんのおかげと思って感謝しています。それと同時にそういった人たちに囲まれて恵まれた環境で好きなことを目一杯できる至福感を当分ころがしていこうと思っています。横柄な態度や身勝手な応対に思われたら申し訳ありませんがこのところのツキを有り難く受け入れたいと思っていますので大目に見てください。


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