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菊地成孔による Solo & Text reading

菊地成孔(CD-J / Sampler / Text reading)


「女友達」
James Hadlee Cheace

 1958年、僕には48人の女友達がいた。彼女達は皆1950年代風のチャーミングな響きを持つ名前、即ちティファニー、バーサ、アシュレー、フィフィ、コリーヌ、ジェーン、エヴァ、スー、キャロライン、等だ。
エリザベスは6人、ジェニファーは21人居た。

 彼女達はみんな可愛い偉大なるおっぱいとゴージャスでなま暖かいおしりを当たり前にもっていて、フェミニーク社の衛生スプレーをそこに噴射していた「ピルだけでは不十分。ピルはアメリカ女性に性的な自由を与えたかも知れないが、男を捕まえるにはまだテクニックが必要。甘く香る膣に勝る物はない」箱に書いてあるこのコピーを僕が読むと彼女達はみんな裸で笑った。女友達を裸で笑わせる為に僕は毎日ギャグを考え花束には必ず中から黒人のマリリンモンローが飛び出すびっくり箱やチョコレート味のエアゾール・チーズ、6フィートもあるブーファンのウィッグなどのバカバカしいギャググッズを添える様にした。笑いはそれ自体完全な幸福感をもたらすばかりでなく、アナルセックスに絶対必要なリラックスを僕達に与えるからだ。

 とうとう自作による、中にクール・ホイップクリームを詰めたバービー人形を手にした時のチェスティーは見物だった。彼女はベティ・フープの声を持つがややドモリで、僕にはそこがたまらなく愛らしかったのだが「ねえ、なななな何でこのバババービーはここここんなに重いの?」と気味悪そうに尋ねたあと「首を外してごらんよ」といわれ「いやよ、そそそんなことででで出来ないわ」といいながらおそるおそる首を外した。中身を確認した瞬間のチェスティーの表情。生理的嫌悪感と苦笑と僕への愛情が入り交じったその表情を僕は今でも忘れる事はない。僕の一番大好きな顔だ。その晩はバービーと3人で愛しあったが、僕は100cc程も出し、チェスティーはそれをバービーには一滴もあげずに全部飲み干してしまった。彼女は痙攣が納まると裸でぐっすり眠った。僕は一睡も出来ずに感動していた。

 彼女達を愛していたのかと言われればそんなのよく解らないよとコメントする事にしている。むしろ僕は彼女達を非常に尊敬していて、畏怖の念に近いモノすらあった様だが、ヒッチコックのコメントを待つまでもなく微弱な恐怖感は肉体にも精神にも大変良い。はぐらかさないでよなどどいうなかれ。愛について真剣にコメントする位ならアタマを缶切りで開けられる方がマシだ。

 1970年代に入ると女友達の名前は大分変わった。ムーン、サンシャイン、フリー、リバティ、クライド、アシャンティ、アブドゥル、ミユキ、ウオン、僕は相変わらずだったが、彼女達は少し変わった。僕を罵倒する様になり、僕を分析する様になった。彼女達の政治、宗教、精神分析学用語の間違いはチャーミングとはいいがたく、チェスティーのどもりと比べて砂糖が足りなかった。それでも、僕がデートと射精を愛する力は無敵で、チッペンデールズの男性ストリップだろうがベトナムの陸軍服だろうが何でも利用した。生まれたときからわかって居た事だが、部屋の外はどんどん最悪に成って行き、もうこれ以上の最悪はないという所まで行ってストップし、やがてそれが普通になり、さらに最悪へと向かっていった。なのに女友達は、それでも部屋の外に出たがった。誰も、あの笑顔はしてくれなくなった。苦笑は僕の方がしていた。チェスティーが74年に死んでからは24時間苦笑しかしなくなった。

 現在、僕には一人の女友達もいない。どうしてそうなったのかは全く解らない。けれども夢の中には毎晩代わる代わる彼女達がやってきて、髪のセットを気にしながらチューインガムを噛みながらあの歌を唄ってくれる。夢の中で子守歌を聞くのは最高の気分だ。目が醒めても又眠れる様な気がするから。彼女達に可能な限りの感謝と敬意とそして愛を捧げる。

 みんな僕の夢にやって来ない時間にはどうしているのだろう?そして、現在の女友達達の名前はどんな風なのだろう?



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